106. The last story ~【小説女優】結愛視点~
実家の大広間には私と両親、そして祖父と祖母。あとは私の見合い相手とその両親が揃っている。お見合いと言っても、そんなに堅苦しいものではない。ただ単に顔合わせをして、食事をしながら話をするだけ。
この場にいるのは全員祖父の会社の関係者だ。私の見合い相手は父の部下らしいけど、年齢は25歳だったかしら。
私は相手の顔をよく見てみる。背が少し高い細身の男性で、目つきがやや鋭い感じ。髪形はスポーツ刈りで、無精ひげを生やしている。見た目だけで言えばあまり印象が良くはないわね。
一応仕事が出来る男性らしくて、部下からの人望もあるみたいだけど、正直なところ結婚相手に選ぶかと言われたら微妙かしらね……。
ちなみに今日の祖父は普段着ている着物ではなくスーツ姿だった。おそらく今日のためにわざわざ着替えたんだと思う。でもスーツ姿の祖父ってかなり珍しいから、ちょっと新鮮ね。
「結愛さんはまだ高校生なんですよね?卒業したら、すぐにでも嫁入りですか?」
「そのつもりだから、安心しろ。結愛は器量のいい娘だから。お前にうってつけだぞ?」
父とその見合い相手はそんな勝手なことを話している。全く、こっちにも都合があるっていうのに。私がそんなことを考えながら黙っていると、今度は母が私に小さな声で言う。
「お相手はかなりのエリートだから、将来も安泰よ。父さんも気に入ってるし。わかってるわね結愛?」
うざったい……!いちいち言われなくても分かってるわ。そう思いながらも私は小さくため息をつくだけにした。すると突然、今まで黙っていた祖父が口を開いた。
「おい結愛。どうじゃ?楽しんでおるか?」
「えっ?あっええ。」
「ふむ。そうか。それは良かったのう。」
それだけ言うと祖父はまた口を閉じた。何を言いたかったのかしら。
「では皆さんそろそろ始めましょうか。」
見合い相手のお父さんの言葉をきっかけに、私たちのお見合いが始まった。まずは乾杯をして食事をした後、私たちは適当に会話を始める。まあ私はほとんど聞き役に徹していたんだけどね。そして30分くらい経った後、いよいよ本題に入った。
見合い相手は自分のことを色々と話し始めた。好きな食べ物とか趣味とか、とにかく色々なことを教えてくれた。正直興味がない。私の頭の中には早く終わらないかという考えしかなかった。
それからさらに10分ほど経過して、ようやく話が終わり、今度は私に質問がくる。私は拳を握りしめ答えていく。
「それでは最後に一つだけ聞かせてください。結愛さんの趣味はなんですか?」
「小説を読むこと。あとは強いて言うなら料理をするのが好きです。」
「なるほど。そうなんですか。結愛さんの得意料理は何でしょうか?」
その言葉を聞いていつもの光景が浮かぶ。ああ……こんな時にあの子の事を考えてしまうなんて……。やっぱりもう一度あの子の顔が見たくなった。いつものあの笑顔が……花が咲き誇るかのように彩りを私にくれる。会いたい……私は凛花に会いたい。
「それは……オムライスです。」
私の言葉を聞いた瞬間、両親は驚いていたけど、当の本人である見合い相手は笑顔を浮かべていた。今の私はどんな顔をしているのだろう。少し恥ずかしいかもしれない。
「ん?結愛どうした今日一番に楽しそうじゃな!オムライスか今度ワシにも作ってくれんか?」
「はい会長。私ので良ければいつでも。私のは絶品ですから」
その時、外が騒がしくなり始めた。何かあったのかしら。しばらくして大広間の扉が開かれた。入ってきたのは私のとても大切な人だった……。そして私の手を掴みこう言う。
「帰りますよ!結愛先パイ!まったくこれ浮気ですからね?」
「凛花……どうして……」
「なんじゃその者は?」
「あ。失礼しました。結愛先パイの彼女の新堂凛花と申します。以後お見知りおきを。」
凛花はそういうと深々とおじぎをした。こんな大人だらけの場所に……たった高校生の女の子が1人で……。それはまるで小説のワンシーン。私は嬉しくて思わず涙がこぼれる。まるでダムが決壊したのように次から次へと溢れ出てくる。私の両親が私たちを引き離そうとする。しかし凛花は必死に抵抗する。そんな様子をみた祖父は言った。
「まあまあ落ち着け。凛花と言ったな?結愛の彼女?冗談は大概にしろ。見合いの場を台無しにしおって。警察に通報されたいのか?」
「あたしは、冗談なんか言ってません。」
「なに?貴様ふざけた事をぬかすな!」
「おい。やめろ。」
父が怒鳴り散らそうとした時、祖父が止めた。そして祖父はそのまま凛花に尋ねる。
「お主。結愛の料理を食べたことあるのか?」
「はい。ほぼ毎週食べてますよ!すごく美味しい!金曜日はお弁当作ってくれますし、週末はお泊まりしてますし。あたしが一番大好きなのは……オムライスです!」
凛花のその言葉を聞いて、祖父以外の全員が驚いた顔をする。父は怒りを通り越して呆れているようだった。
「そうかそうか!これは愉快じゃ!結愛は幸せ者だのう。」
祖父は笑いながらそう言っていた。そして少し間を開けてから、急に真面目な顔になって話し始める。
「もう良い。今日はこの辺にしておけ。それに、ワシにはお前の気持ちがよく分かったからな。結愛よ。この縁談は破棄しよう。」
祖父の急な発言に場は混乱していた。見合い相手は祖父に対して不満を漏らしている。しかし、そんなことはお構いなしという感じに、祖父は私に話しかけてくる。
「結愛。お前の援助はワシが引き続きしてやろう。ただし、卒業までじゃ。そのあとは自分自身で稼ぐようにせい。それが条件だ。それと凛花よ。結愛をよろしく頼むぞ。」
「はい。わかりました。」
「よし。話は以上だ。皆帰るぞ。」
こうして私のお見合いは終わった。もちろんこの件で両親からは縁を切られたようなものだし、卒業までは祖父が援助してくれるけど、その後は本当に自分の力だけで生きていく。それでも不思議と清々しい気持ちでいた。私は凛花とともに家に帰ることにする。
「ねえ凛花?どうしてここにいるの?」
「言わなくてもわかりませんか?」
「女の子はちゃんと言ってほしいものなのだけど……。」
「急に女子ですね結愛先パイは。あたしもだけど。まあ理由は簡単ですよ。結愛先パイの事が好きだからです。だから迎えに来たんですよ。これじゃダメですか?」
私は首を横に振る。すると凛花は私に抱きついてきた。そして耳元で囁く。
「結愛先パイ。お帰りなさい」
私は小さく微笑み、凛花を抱きしめ返す。これから私たちの本当の生活が始まる。何のしがらみもない……ただお互いの愛があるだけの……。それでも私には充分すぎる。だって私は今とても幸せなんだから。