105. The last story ~【小説女優】衣吹視点~
次の日。私は昨日の凛花ちゃんの言葉を聞いて、いてもたっても居られず電車に乗っていた。しかも初めて学校をサボった。正直、おせっかいかもしれない。凛花ちゃんがこのまま小鳥遊先輩と別れてしまえばいいのに。そう思う自分もいる。けど……凛花ちゃんが悲しむ姿はもう見たくない。
そして小鳥遊先輩の背中を押せるのはきっと私だけだから。
連絡先は色々調べてわかったし、まぁ凛花ちゃんに聞くのが一番早かったんだけどさ……聞けないしね。凛花ちゃんのことだから私が聞いたらきっと教えてくれるだろうけど……。
そんなことを考えながら目的地に着いた。
「ここかな?待ち合わせの喫茶店は」
中に入ると1人で席に座って小説を読んでいる小鳥遊先輩がいた。私が来たことに気付いていないのかずっと本を読み続けている。
「小鳥遊先輩」
「あっ……ごめんなさい。集中していたわ。どうぞ。」
小鳥遊先輩が読んでいた本を閉じて、目の前に置いてある紅茶を飲んで一息ついた後、私の方に向き直って話しかけてきた。
「話って何かしら?凛花のこと?」
「それしかないですよね。」
「あなた……なんでそんなにおせっかいなの?しかも学校までサボって。そんなことしても凛花があなたの彼女になることはないのよ」
呆れたように話す小鳥遊先輩。でも私には分かるよ。これはただの自己防衛。弱い自分を私に見せたくないだけ、小鳥遊先輩がどう思っているかは知らないけど私と小鳥遊先輩は似ていると思う。ここに来た理由なんてひとつしかない……
―――好きな人の幸せを願うことは悪いことじゃないから。
その言葉を飲み込んで小鳥遊先輩に言葉を返す。
「私はただ凛花ちゃんが悲しい顔するのを見たくないだけです。」
「そう……」
小鳥遊先輩はため息をつくと紅茶を一口飲んだ後にゆっくりと話し出した。
「私はね……もう戻らないつもりなの。これ以上一緒にいても、今以上に辛い思いをさせてしまうわ。だからもう終わりなの。お見合いをして両親が決めた相手と結婚をする。それで丸く収まるの。」
「……そうなんですか。じゃあ最後に一つだけ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「えぇ。答えられることなら答えるわ。」
「小鳥遊先輩にとって凛花ちゃんは何だったんですか?」
黙り込む小鳥遊先輩。その表情はとても優しくて……どこか悲しげで……。そしてとても綺麗だった。
「……大切な人だったわ。また私に光を彩りをくれた……。それが居心地が良くていつしか好きになっていたの。」
その一言を聞いた瞬間、涙が出そうになった。けど、ここで泣いてしまったらダメだと思った。泣くところじゃないって思った。だから必死に耐えた。泣いちゃいけないって自分に言い聞かせて……必死に抑え込んだ。
「私は臆病者なの。いざと言う時に勇気が出ない。あの子にはあなたのような人が似合っているのかもしれないわね……。」
私はその言葉を聞いて机を思い切り叩く。
バンッ!!!! 店内に響き渡る大きな音。店員さんや周りの客の目線が一気に集まる。その光景は小説のワンシーン。それでも私は……
そして、小鳥遊先輩も驚いた顔をしてこちらを見る。私は泣きそうになるのを抑えて声を振り絞った。これが私の最後のワガママなんだ。
「そんなわけないです!凛花ちゃんは誰よりも優しい人なんですよ!」
「あなた……」
「確かに凛花ちゃんは少しドジだしおっちょこちょいなところもあるかもしれません!けど……誰より友達想いで……いつも笑顔で……それに……私みたいな子にも優しくしてくれて……本当に素敵な女の子なんです!!」
感情が溢れ出して止まらなかった。こんなに大きな声で叫んだのなんて初めてかもしれない。今までずっと抑えていた気持ちが爆発するように口から次々と言葉が出てくる。
「勝手なこと言わないでください!凛花ちゃんが好きなのは小鳥遊先輩なんですよ!私じゃ凛花ちゃんを幸せにできないんです!もう逃げないでください……。今の小鳥遊先輩なら……大丈夫なはずです」
私はそう言うと椅子に座って俯く。しばらく沈黙が続く。この沈黙が嫌で一言だけ……たった一言だけ小鳥遊先輩に伝える。
「……だからお願いします。凛花ちゃんを幸せにしてあげてください。」
「水瀬さん……いえ……衣吹。認めたくなかったけど、あなたも私と同じだったのね……。あなたのこと嫌いだけど……あなたのおかげで目が覚めた気がするわ。ありがとう。」
小鳥遊先輩は立ち上がり私の前まで来ると私の頭を撫でてくれた。その手が温かくて優しくて……懐かしくて……自然と笑みがこぼれる。
「明日……両親に話してみるわ。例え望まぬ結果になろうとも、私は凛花のことが好きだから。」
そう言って私の前から去っていく小鳥遊先輩の顔は、さっきまでの弱々しいものではなく、強い意志を持った目をしていた。きっと背中を押せた。私の想いは小鳥遊先輩に。
きっと大丈夫。2人はこれから幸せになれるはずだよ。だって……あんなにお互いのことを想っているんだもん。
「あ~あっ。私って損な役回りだよね。」
そう呟きながら、すっかり冷めてしまった紅茶を飲む。その紅茶は苦味が強くなってしまっていたけど、不思議と嫌じゃなかった。