102. 始まりの場所
あたしは衣吹ちゃんと駅前のカフェでお茶をすることになった。二年生の選択授業のこともそうだけど、結愛先パイの両親のこと……もちろんあたしの両親のことも気になってしまった。あたしと結愛先パイの事を認めてもらえるはずないよね。このまま一緒にいても結愛先パイは幸せになれない……。そんな考えが頭をよぎってしまう。
「どうしたの凛花ちゃん。元気ないけど?」
「えっ?ううん。何でもないよ」
あたしは慌てて笑顔を作った。衣吹ちゃんに心配かけちゃダメだよね。せっかく誘ってくれたんだもん。楽しい気分にならないと!そうしてみるけど衣吹ちゃんはため息をつく。
「嘘。凛花ちゃんは隠し事とか無理だと思うよ?」
「衣吹ちゃん……」
「好きな人の事くらい分かるよ。話せることなら話してみて?どうせ小鳥遊先輩の事だと思うけど。」
「実はね……」
あたしは今日のことを話した。結愛先パイが幸せになるには、このまま一緒にいてもいいのか?自分の気持ちを押し殺すべきなのか?でも、あたしはそれに耐えられそうにないことも……。
話を聞き終わった衣吹ちゃんは深いため息をついた。そして何かを考えるように腕組みをしてうつむいた。しばらくすると顔を上げて言った。
「だとしても小鳥遊先輩はさ、凛花ちゃんと一緒にいたいんじゃないかな?」
「それは分かるんだけど……。今のままだと結愛先パイがかわいそうだなって思って……」
「そうかなぁ?私は逆じゃないかって思うけど……凛花ちゃん。小鳥遊先輩に初めて好きって言われた時のこと覚えている?」
確か初めて小説を演劇したあと連絡先を聞きに行ってキスしたことを謝った時だったかな……。
「小鳥遊先輩の性格から考えるとさらっと言ってそうだけど、とても勇気がいったんじゃないかな?だって凛花ちゃんが女の子を好きか分からないんだし。」
「確かに……」
「お互いの両親には認めてもらうのは厳しいことだと思うけど、凛花ちゃんは自分の気持ちに嘘はついちゃいけないと思うよ。」
衣吹ちゃんの言う通りかもしれない。あたしは本当は結愛先パイが好きなんだ。たとえこの恋が認められなくても、この想いに嘘はつきたくない!
「衣吹ちゃんはいつもあたしが悩んでる時に助けてくれる。ありがとう」
「凛花ちゃんはそうやって笑ってたほうが可愛いよ。それが私にじゃないのが悲しいんだけどさ」
「ごめんね衣吹ちゃん」
「いえいえ」
そして衣吹ちゃんと別れてあたしは家に帰る。それにしても、どうしてこんなにもあっさりと悩みが解決するんだろう?今まであれこれ悩んでいた自分がバカみたいだよ。あたし……本当にメンヘラなのかも……。それとも衣吹ちゃんがすごい人なのかな?
その時、スマホの着信音が鳴った。結愛先パイからの電話だ。
「もしもし結愛先パイ?」
《凛花。今日はごめんなさい。》
「いえ。結愛先パイ大丈夫ですか?」
《ええ。心配かけてごめんなさい。》
よかった。少し元気になったみたい。でもまだ声が沈んでいるような気がする。やっぱり何かあったんじゃ……。
《凛花の声が聞けて良かったわ。また明日ね。》
「結愛先パイ!?」
《なにかしら?》
「何かあったんじゃないんですか?」
《……また明日ね》
「え?……はい……また明日。」
あたしは通話を切る。衣吹ちゃんが言っていた。『好きな人の事くらい分かるよ』。結愛先パイらしくない……きっと何かあったんだ。でもそれを聞く勇気が今のあたしにはなかった。そしてその日、なかなか寝付けなかった。
翌朝、いつものように登校していると後ろから肩を叩かれた。振り返るとそこには結愛先パイがいた。昨日のこともあってちょっと気まずいな……。なんて思っていると、結愛先パイの方から話しかけてきた。
「おはよう凛花。あのね……放課後、少し時間を貰えないかしら?話したいことがあるの。」
「はい。分かりました。」
あたし達は学校に着くまでずっと無言で歩いた。きっと結愛先パイは何か大切な話をしようとしているに違いない。その放課後に一体どんなことが待っているのか不安になりながらあたしは教室に入った。
授業中、先生の話を聞きながらも頭の中では違うことを考えていた。きっと昨日の出来事について話してくれるんだよね。
結愛先パイは何を話すつもりなんだろうか?まさか……別れるっていう話じゃないよね……。もしそうなったらあたしはどうすればいいんだろ……。
そんな風に考えていたせいか、放課後になってもあたしはまだ上の空だった。今日は部活はない。
そして結愛先パイが教室にくる。あたしの手を引いて屋上へ連れ出した。ここはあたしと結愛先パイの始まりの場所。
周りに人がいないことを確認すると、彼女は真剣な表情になって言った。
「凛花。私しばらく学校を休むことになるわ。」
「えっ……?」
「実家に一度戻ることになったの」
「いつ戻ってくるんですか?」
「……まだ分からないわ」
それってつまり……もう会えないかもしれないということだよね……。でもあたしはそんなことを言い出せる雰囲気じゃなかった。結愛先パイは続けて言う。
「戻ることは前から決まっていたの……少し早まってしまって。本当はもう少し早く凛花に言うつもりだったのだけど……あなたとの日々が楽しくて言い出せなくて……ごめんなさい」
結愛先パイは辛そうにしている。でも、ここであたしが何も言わなければきっと……。
終わってしまう……。
あたしと結愛先パイの関係が……。
それが分かっているのに言葉が出てこなかった……。