4. 初めての演目
あたしがチート能力(?)に負けた翌日。あたしたちは休日にも関わらず、町の本屋にいる。そして今一緒にいるのが一つ上の先輩の小鳥遊結愛先パイ。この人まだ謎が多すぎて困る。
ただ、ひとつ言えるのは黙っていれば美人と言うことだ。あたしがそんなことを考えていると、小鳥遊先パイは本棚から一冊の小説を取り出すと、その表紙を指さして言った。
「あったあった。この小説の主人公、凛花にそっくりなのよね。この小説にしましょうか。」
そう言って小鳥遊先パイが見せてきたのは、確かに主人公とその親友らしき女の子が載っている。確かに目元や口元は似てるかもしれないけど……?というか絵じゃん。どこが似ているかまったくわからんけどさ。
あたしは少しだけ首を傾げて言う。
すると小鳥遊先パイはその様子に気付いたのか、説明を付け加えた。
「顔じゃないわよ?性格や行動が似てるの。」
「あー。遠回しにその小説を読めってことですか?あたしそう言うコテコテの恋愛小説は嫌いです。漫画ならまぁまだいいんだけど……」
「凛花。約束。」
その言葉を聞いてあたしは一瞬身体の動きを止める。そうあたしは昨日の約束を思い出してしまったのだ。
そしてその約束とは、『小説の登場人物を演じること』。は?って思うかもしれないけど、本当にその文面通りで……。
あたしは勝負に負けて、小説演劇同好会に入部してしまったし、小鳥遊先パイと約束をしてしまった。後悔している。めちゃくちゃ後悔している。でも約束だから、このお願いを断ることはできない。
「とりあえず、まずはその小説のあらすじを読んでから言ってもらえるかしら?」
「別に変わりませんけど?」
「凛花。約束!」
小鳥遊先パイは少し大きな声を出しながらあたしに言った。分かってますよ……そんなに怒らなくても……。
あたしは観念したようにため息をつくと、仕方なくその小説を受け取ってパラリとページを開き、あらすじを読む。
えっと何々……?
【日向に咲き誇る:あらすじ】
主人公の名前は日咲凛花(ひさきりんか)と言うらしい。その名前を聞いた瞬間に嫌な予感がする。だって、これはあたしの名前と同じだもの。
それにしても、どうしてあたしの名前をそのまま使うかなぁ?まぁ、よくある名前だけどね。
凛花は普通の女子高生だ。どこにでもいるような普通すぎるくらいに平凡な女子高生なのだ。しかし、ある日突然彼女の人生は一変してしまう。
ある朝、目が覚めるとそこは見知らぬ部屋だった。見覚えのない天井を見つめながら困惑する彼女だったが、隣を見るとそこには見たこともない女性、マリアが眠っていた。
そこで初めて気付く。自分が裸であることに。さらに自分の体には無数のキスマークがあることにも。
慌ててベッドから抜け出そうとするが、足腰に力が入らず倒れそうになる。それでもなんとか起き上がり、壁に手をついて立ち上がろうとするのだが、急に立ちくらみに襲われその場にしゃがみ込んでしまう……。
あたしはその小説を閉じる。ヤバすぎ!あらすじだけでこれってさ!こんなん読んでたらあたしの身が持たないってば!すると小鳥遊先パイはあたしの手から本を奪い取ると、それを棚に戻して言った。
「じゃあ…来週私の家でやりましょうか。平日は読み合わせ、土曜日最終確認、日曜日本番ね。時間軸から考えると前日からお泊まりの方が良さそうね?」
「やるって!?何を!?」
「【日向に咲き誇る】を。」
無理無理!だって主人公いきなり裸スタートなんだけど!?そんなのできるわけないじゃん!でも小鳥遊先パイは諦めずに続ける。
「そう?初めてだから優しい物にしたんだけど?まったく最近の若い子は。もっと過激なやつの方が良かったのかしら?それなら…」
「それ以上はダメ!」
そう言って新たな小説を探しに行こうとする小鳥遊先パイの袖を引っ張り、それを阻止する。どうやら小鳥遊先パイはあたしが約束を守るまで何度もこの手を使ってくるに違いない。というか若い子って小鳥遊先パイとはひとつしか変わらないよ!
「はぁ……わかりましたよ……。やればいいんでしょ?やれば……」
あたしの言葉を聞くと小鳥遊先パイは嬉しそうに微笑む。なんでそこまで笑顔になれるんだろう?理解できないよ。
「ありがとう凛花。あなたならきっとこの物語を良い方向に導いてくれると思うわ。楽しみにしてるわよ。じゃあこれを買ってくるわね?」
そう言って小鳥遊先パイはあたしの頭を撫でると、レジに向かっていった。
「はぁ……面倒くさいことになったなぁ……」
そう呟いてため息を吐いた。あたしは渋々とその提案を受け入れるしかなかったのであった。