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第28話 〈最終話〉


『あれ?君は……何処かで……あ!もしかして病院で?」』



俺を覚えていてくれたのかと一瞬期待したが、空振りだった。

……まぁ、ある意味覚えてはくれていたみたいだ違う方向で。

しかし俺はそれには曖昧に答えるだけにしておいた。

……気持ち悪いだろ?それをきっかけに仲良くなろうとするのは。


葵はクラスで少し浮いた存在だった。まぁ……腫れ物に触る様な扱いとでもいうか。年齢も違うし、それは仕方ないのだろう。


葵も俺に『私、歳上なの。病気でずっと休んでいたから』と自らそう話す。

知ってるよ。でも、俺は初めて聞くフリをして

『そうなんだ』とだけ答えた。


腫れ物扱いの葵と転校生の俺。そんな俺達が仲良くなるのに、さほど時間はかからなかった。


「斎藤君は、おばあちゃん家に居るんだ」


「うん。父親が海外赴任になったからね」


「せっかく都会の進学校に行ってたのに……なんか勿体ないね」


前の学校にも、都会にも未練はない。今の俺に一番大切なのは、幻ではない葵が隣に居ることの方だから。


それからお互いの事を色々と話した。


「私、お医者さんになりたかったんだ……でも学力的にちょっと無理そう」

『医者になりたい』それは知っていた。でも俺は初めて聞くフリをする。


「お父さんがね、事故に遭って…近くに大きな病院がなくて、結局手遅れになっちゃったの。私がお医者さんになって、そんな人を一人でも多く救えたら……なんて思ってたんだけどなぁ~」

お父さんの事がきっかけだった事は知らなかった。少し寂しそうに笑う葵を抱きしめたくなるが、我慢だ、我慢。



いつの間にか登下校も、昼休みも一緒にいる俺達は、周りから見ればカップルに見えた事だろうが、俺は焦らずに少しずつ葵との距離を縮めていった。

あの時の葵はあまり自分の事を語らなかったが、今回は違う。

それに俺も向き合う事から逃げていない。俺も葵もお互いの事を知りたいと、そう思っている事を隠しもせずに色々と話をした。




「寒くなったね」

葵が俺の事を『希』俺が葵の事を『葵』と呼ぶようになった頃、葵から『とっておきの場所があるの』と、ある場所に連れて来られた。


『立入禁止』

俺はあれからここを訪れてはいなかった。

いつか此処に来る時は、絶対に葵と一緒に……と思っていたからだが、葵に先を越されてしまう。


「ここね、誰かの私有地なの。だから、絶対内緒ね」

葵は悪戯っぽくそう言うと、俺の手を握り、ロープを越えて、緩やかな坂を下りた。


冬のこの入り江に来るのは俺も初めてだ。夏とは違ってなんだか少しどんよりとして見える。


「葵、寒くない?」


「大丈夫。私、あれから全然風邪すらひかないぐらい元気だし」

と葵が笑う。……可愛い。


葵は初日に『病気で……』と誤魔化したが、後に俺にはちゃんと『原因不明で眠ったままだった』と打ち明けてくれた。

『私、眠り姫になってたのかも』とおどけて言う葵にキスをしたあの日の葵が重なって、少し胸が苦しくなった。


葵は海を見ながら


「ここの入り江にね。人魚が居るの」

そう言った。俺はその言葉に胸が跳ねる。『知ってるよ』とは言えなかった。


「人魚……って本当に居るの?」


「私、子どもの頃に逢った事があるの。あの岩場にね……」


あの時と同じ様に葵は俺に話して聞かせる。あの時と違うのは……俺の反応ぐらいだろう。


「葵がそう言うんなら……居るんだろうな、人魚」


「信じてくれるの?!今まで誰も信じてくれなかったの。実は人魚が落としたウロコを持っていたんだけど……いつの間にか失くしちゃってて」


そのウロコを俺が持っていると言ったら葵はどんな顔をするだろう。あの時の事を少しでも思い出してくれたりするのだろうか。

しかし、そんな勇気は俺にはなくて、『そっか。見てみたかったな』なんて嘘をついた。

葵も『希に見せたかったな』なんて言いながらしゃがみ込んで、砂浜にある綺麗な貝殻を拾っていた。



俺が葵とこの入り江で出逢えたのは、お互い『人魚のカケラ』を持っていたからなんじゃないかと、あれから俺は考えるようになった。

俺は人魚の血を、葵はウロコを。

そして今、ウロコを失った葵とこうしてまた出逢えたのは、きっと葵の中に人魚の涙という『カケラ』が存在しているからだ。……だろ?と何処かで聞いてる人魚に心の中で問いかけた。正解は貰えないだろうが。



「俺、この入り江が好きになれそうだよ」

そう言った俺に、葵は笑顔を見せた。


「夏になったら、此処で泳ごうよ」

と言った葵に俺はしかめっ面を見せる。また『泳げない』って告白するのか……情けないって思われないかな。なんて俺が気にしていると、


「そっか、希はんだもんね。そんな顔するはずだ」

と葵がクスクス笑った。

『泳げない』って目覚めた葵に言った事はない。……あの日を思い出したのか?

そう期待して葵を見つめるが、彼女は少しそれに首を傾げただけだった。

ちょっぴりそれに失望するが、新しい思い出で塗り替えるとそう決めたじゃないかと、頭を緩く振った。

彼女の中に俺の記憶が朧げに……カケラ程度でも残っているのかもしれない……今はそれだけで十分だ。


俺はあの寂しそうな顔をした人魚を思い出した。忘れられても、じいちゃんに……俺を助けたいと願ったじいちゃんに血を分けてくれた優しい人魚。

じいちゃんの記憶にはその時のお前は残ってたんだよ……そう言ってあげたいが、手段は見つからない。


俺はポケットから一枚の写真を取り出した。あの時アルバムから剥がした、色褪せた写真。


俺はそっとその写真を海へと流す。


「何してるの?」

少し離れた所まで貝殻を拾いに行っていた葵が、こちらに戻りながら俺にそう問いかけた。


「記憶のカケラを彼女に返してあげたんだ」

そう言う俺に葵は不思議そうに首を傾げた。


「寒くなって来たな。そろそろ帰るか」


「そうだね」


葵は俺の手を握る。冷たくなった彼女の手を俺は両手で握って温めた。


今年のクリスマスにはあのネックレスを渡そう。そう心に決めながら。


             ーFinー

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