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第26話


「おかえり。友達とはお別れ出来たかね」

抜け出た俺が帰ってきたのを、ばあちゃんはそうやって迎えてくれた。


「父さんは?」


「後十分ぐらいで着くってさ。外はまだ暑かったろう?麦茶でも飲まんね」


ばあちゃんが注いでくれた麦茶を一口飲む。やっぱり美味しいや。


ばあちゃんは古いアルバムを開いていた。


「ばあちゃん、これは?」

手元を覗き込む俺にばあちゃんは答える。


「私達の若い頃の写真だよ。色褪せちまったねぇ」

そう言いながらもばあちゃんは懐かしそうに微笑んだ。

俺は一枚の写真に目が止まると、そのアルバムを奪うようにして、その写真を凝視した。……似てる。


「なんね、希。そんな興味のある写真でもあったかね?」


俺が見つめている一枚の写真。

多分若い頃のじいちゃんと……その隣にいるのは……あの人魚に似た女性だった。

耳はヒレじゃなくちゃんと耳だし、腕は……長袖でわかんないけど、そこにもヒレはない。俺が見た人魚にはあったけど……。だけど、顔はあの時の人魚によく似ている。少しはにかむ様に微笑んだその女性は、いつもの悲しそうな表情ではなく、幸せそうに見えた。

見れば見るほど似てる。ただ画質が荒くて『絶対』とは言えない程度だが。


俺の目がその写真に釘付けになっていると横からばあちゃんが、


「あ~その写真なぁ。懐かしいねぇ。じいちゃんが若い頃、海の近くの民宿で働いとった時の写真だよ」

と説明してくれた。


「この人は?」

俺は例の女性に指を差す。


「確か……この民宿で働いとった娘じゃなかったねぇ。名前までは知らんけど」


「ばあちゃんは、この人に会ったことあるの?」


「会ったって言っても私はこの民宿に客として来ただけじゃったし……そこで何回か目にしただけだけど。……確か、声が出ないとかで喋った記憶はないなぁ」


……喋る事が出来なかった女性……。


「じゃ、じゃあ、もしかしてばあちゃんはこの民宿でじいちゃんに出逢った……とか?」


「そうそう。この民宿でじいちゃんと顔見知りになってな。帰ってからも会って欲しいって言われて」

と少し照れたように言うばあちゃんの言葉はもう俺の頭の中には入ってこない。


……リアル人魚姫?もしかすると、ばあちゃんがじいちゃんを横取りした?とか?




ばあちゃんとじいちゃんの馴れ初めを耳では聞きながらも俺は別の事を考えていた。


するとばあちゃんはこう言った。


「私もこん人の事はあまり覚えてないけど、じいちゃんは全く覚えとらんかってなぁ。確かに大人しそうな女性だったし、仕方ないんかもしれんけど、折角一緒に働いとったにねぇ」



あの人魚は……人間に恋をした人魚だったのかも。そして……俺と同じ様に……じいちゃんの記憶から忽然と姿を消したんだ。

そんな事を考えていたら


「こんにちは」

玄関の引き戸をガラガラと開ける音と同時に、父親の声が飛び込んできた。


元は自分の家なのに、こんな時の挨拶って『ただいま』じゃなくて『こんにちは』なんだ……と俺は漠然とそう思った。


「はいはい」

と言いながら立つばあちゃんを横目で見ながら、俺はさっきまで穴が空くほど見ていた写真をアルバムから剥がすと、ポケットにねじ込んだ。



すると父親が居間に顔を覗かせた。


「帰るぞ」


「もう?少しはばあちゃんと話したら?」

と少し驚く俺に、父親は淡々と言った。


「車で来てるからな。あまり遅くなっても疲れる」


「でも……」

少しは、ばあちゃんにお礼なり何なり話すべきじゃないのか?と思った俺はチラリとばあちゃんを見た。

ばあちゃんは


「希。また遊びにおいで。いつでも待ってるからね」

と微笑んだ。


俺は少し急かされる様に荷物と共に父親の車へと乗り込んだ。


「ばあちゃん、ありがとう。お世話になりました」

助手席の窓を開けて少し顔を出した俺がばあちゃんにそう言うと、父親はあっさりと


「じゃ」と手を挙げるだけで車を発進させた。


俺は窓から少し身を乗り出して


「また遊びに来るから!」

と遠ざかっていくばあちゃんに声を掛ける。

ばあちゃんはニコニコと笑いながら手を振ると、車が見えなくなるまで見送ってくれていた。

俺もばあちゃんの姿が豆粒になるまで車のミラーを見つめていた。


車は山を下りて通りを抜ける。

俺は窓の外の流れる景色をボーッと見ていた。

車の窓ガラスには、情けないくらい落ち込んだ自分の顔が映っていて、それをなるべく目に入れない様に俺は風景に意識を集中させた。

あの入り江に下りる立入禁止の看板が目に入ったが、そこで俺は窓から顔を逸らせた。

今よりもっと情けない顔を晒すのはごめんだ。


俺が前を向いたタイミングで、今まで黙っていた父親が、ポツリと言う。


「……色々悪かったな」


一瞬、何を謝られたのか分からず返事が出来ないでいた。


「もう母さんも創も引っ越しを終えた。最後に会いたかったかもしれないが……」

父親が言い終わるより先に俺は、


「別に」

と答える。父親は少しその答えを意外に思ったのか


「強がっているんじゃないか?」

と探るように尋ねた。


「いや。元々母さんとの仲は最悪だし、創にだってそんな感情はないし……ってか、異父兄弟ってのなんだろ?半分しか血、繋がってねーし」


こんな事、父親に言ってどうするって言うんだ。そう思うが、俺は言葉を止められず、そのまま続けた。


「父さんも可哀想だよな。自分の子どもじゃない奴の面倒みさせられて。ってか浮気されたの気づいて……」


「希!!」


ただ、傷つけたかった。

大人の身勝手で振り回される子どもに、もっと申し訳ないと思え!って思った。

あんな女を選んだお前のせいだ!子どもは親を選べないんだぞ!ってそう言って傷つけたかった。……俺って性格終わってんな。

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