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第21話


俺はじいちゃんの言葉を思い出す。

『だがな人魚は用心深い。きっと人間の前においそれとは姿を現さんよ』


もしかすると、姿を隠した方が良いかもと思い、俺は葵と雨宿りした岩場に身を潜めた。


涙は乾いた。泣いていても仕方ない。


隠れながら、俺は葵と過ごした約三週間を思い出していた。


葵……。葵がこの入り江現れた理由。何度も彼女は言っていた。『人魚に会いたい』と。


人魚の涙に癒しを求めたのは……癒やしたかったのは葵自身だったんだ。

葵との会話を思い出してみる。彼女は母親を悲しませたくなかったのに……と言っていた。あの時の違和感。彼女の今の状況が、母親を悲しませている事が、葵には耐えられなかったんじゃないか。

内村さんも言っていたじゃないか『お母さんも疲れている』と。お父さんが亡くなって、女手一つで育ててくれたお母さんをこれ以上悲しませたくなかった葵は、ここで人魚を待ってたんだ。子どもの頃に出逢った人魚を。


俺は静まり返った海を眺める。青白い月の光が綺麗だ。

じいちゃんはこうも言っていた。必要な人の前に現れる……と。


「必要なんだよ。……頼むよ。俺の事も助けてくれたんだろ?」

俺はそう呟いた。


じいちゃんはどうやって人魚と逢えたのだろう。


お百度参りしてたって言ってたな……俺もやってみるか?

いや神様と人魚に何の因果関係があるんだ?

なら酒断ち?いや、俺、お酒飲めないし。

なら……スマホゲーム断ち?そう言えば、こっちに来てから、全然やっていなかった事に気がつく。ログインボーナスの為に毎日アプリを開いていたあの日々は何だったんだろう。


結局こんなもんだ。絶対に必要だと思っていても、いざ離れてみると『こんなもんか』と思う。


人間関係だってそうだ。俺、こっちに来て誰かと連絡取ったっけ?

皆、勉強頑張っているんだろうなと遠慮して……ってのは言い訳だ。

本当はどうでも良いんだ。それぐらいの関係しか築けていなかった……ただそれだけ。

だけど、たった三週間一緒に居ただけの葵が俺の頭の大部分を占めている。

『恋は盲目』と言うんだから、そんなものだと言われればそれまでだ。だけど、俺の初恋はそんな単純なものではない事を今、痛感している。


「初恋相手が……幻だったかもなんて、何の冗談だよ」

俺は一人呟いた。初恋にしてはハードル高けーよ。



俺は所謂、体育座りで人魚が現れるのを待った。

逢える保証はどこにもないが、必要としている人の前に現れると言ったじいちゃんの言葉を信じて俺は祈る。俺は託された葵の願いを叶えたい。あの手紙に残した彼女の願いを。


しかし、そんな心とは裏腹に暫くすると、瞼が重たくなってきた。

スマホで時間を確認する。明るく光ったスマホの画面は二時半を示していた。

俺は一度立ち上がり、大きく伸びをした。このままでは眠くなってしまいそうだ。


少しだけ海岸を歩こうか……そう考えていた時、何処からともなく、歌声の様なものが聞こえて来た。俺は息を潜めて、その声に耳を傾けた。


外国の言葉?いや、それとも違う様な。なんとも形容し難いが、とても心地良い。俺はそっと岩陰から出ると、その歌声の方を目指した。


彼女はそこに居た。……彼女で合っているのかはちょっとわからないが。

俺が子どもの頃見た絵本の人魚とはどこか違う。上半身は貝殻でも着けているのだと思っていたが、そこは長い髪で隠れているだけのようだ。耳ではなく、ヒレ?の様な物が顔の横に付いていて、結構魚寄りの見た目だな……と俺はこんな時にそんな事を考えていた。

少しだけ恐怖を覚える。不幸になるって……聞いたしな。

だけど俺はやっと『みつけた』……葵の人魚を。


彼女は葵が見たと言っていた岩の上にいた。ウロコは薄いオレンジ色。それが月の光を浴びて金色に光って見えた。


……どうしよう。ここから。

ここで逃げられたら終わりだ。だけど、どうやって血や肉を分けて貰えば良いんだ?

くそ真面目に『あなたの血を下さい』って言えば良いのか?ってか、言葉は通じないんじゃないか?それはあの歌声でわかることだ。

千載一遇のチャンスなのは分かっているが、俺はあと一歩を踏み出せずに、その場に佇んで居た。


すると、ゆっくりと人魚の方が俺の方に顔を向けた。

不味い!逃げられる!そう思ったが彼女は俺のことなど目にも入っていない様にまた、月を見上げて歌い始めた。


俺はそれが合図だったかの様に、足を一歩踏み出すと、ゆっくり彼女に近付いた。


彼女は歌っている。凄く綺麗な歌声だが、何だか胸が苦しくなる。

彼女は誰を思って歌っているのだろう。どっかの国の王女と結婚した王子か?それとも自分の為に魔女に掛け合ってくれた姉達か。それとも初恋が実らなかった自分自身にか。


俺は彼女の近くまでやってきた。彼女はまだ歌っている。

海に少しずつ入る。岩まであと一メートルを切っていた。

すると……彼女は歌いながら涙を流した。その涙は海に落ちた途端に白い小さな珠になった。

俺は慌てて、海の中に手を突っ込む。見失っては大変だ。


『バシャン』

俺が海の中を探る水音が響いた。すると人魚は歌うのを止めた。

俺はそちらをふと見上げる。彼女はとても寂しそうに笑って海の中へと入って行った。

俺はついそれを目で追いそうになるが、それよりもさっきの白い珠を見つける方が先決だ。


俺は必死で海中に顔を浸けて、探した。あれは……『人魚の涙』に違いない。




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