俺は彼女の後をついて行きながら、
「信じられないかもしれないけど、本当に友達なんです」
とその背中に話しかける。
「じゃあ、葵の家を知らないのっておかしくない?それに友達なら連絡先ぐらい普通、知ってるでしょ?」
彼女は全く俺に振り返る事なく、スタスタと先を歩いて行く。
「葵、スマホ持ってないって言ってて……」
と俺が言うと、彼女はピタッと立ち止まって、
「今どき、スマホ持ってない女子高生なんていないでしょ」
と俺に向かってそう言ったのだが……その時の彼女の表情に何故か俺は違和感を覚えた。
「俺だってそう思ったけど……でも葵はそう言ってた。自分のは持ってないって。
お母さんに自分で働いて、料金の支払いが出来る様になるまでダメって言われたって言ってたから」
俺の答えを聞いて、
「……ねぇ、他に葵は何て言ってた?」
と彼女の顔が俺に不信感を覗かせつつも、少しずつ探るような表情になる。
……俺は今、彼女に試されているのかもしれない。
「君は葵とどれくらいの友達なの?っていうか本当に友達なんだよね?」
今度は俺が逆に質問してみる。
彼女が葵の事を知っている事は間違いないが、ここで俺が知っている全てを彼女に教えてしまうのは、何となく止めたほうが良いと判断した。
「は?あんたの方が怪しいくせに何言ってんの?」
「じゃあ、俺が一つ葵の話をするから、そっちも何か一つ教えてくれよ」
「いいわよ?くだらない当てずっぽうの話なら聞かないから」
「わかった。……葵はお母さんと二人暮らし。お父さんは不慮の事故で亡くなってる」
俺がそう言うと、彼女は驚いていた。彼女が葵の友達だっていうなら、この話ぐらい知ってる筈だと俺は思っていた。
駆け落ちだの何だのの、その
「……葵といつ知り合ったの?中学の時?それとも小学生の時?」
彼女は俺が葵を知っている事を確信したのだろう。
だが、自分の情報は出さずに、俺に再度質問を投げかけた。
「約束が違うだろ?そっちも何か一つ教える約束だ」
俺がそう言うと、
「私の名前は内村 双葉。葵とは小学生の頃からの友達よ」
「葵の事を教えてくれよ」
「一つ教えるとは言ったけど、葵の事を教えるとは約束してないわ。それよりも、さっきの質問に答えて。葵とは親友だと思ってたし、今も思ってる。
葵が私にあんた……斎藤くんの事を隠していたのが納得出来ないの」
俺は彼女の言葉を聞きながら、違和感を感じていた。何故この双葉って娘は『中学の時』と『小学生の時』の二択だけを俺に訊いたのだろう。
そんな昔に知り合った男が今更彼女を探しに来ると思うだろうか?普通なら……一番初めに考えられる選択肢は……
「知り合ったのはつい数週間前だ」
これが普通なら考えられる最適解だ。
「は?やっぱり嘘つきじゃん!あんた誰なの?何の目的で葵を調べてるの?ストーカー?」
「嘘じゃない。彼女とは八月……この夏休み、俺が隣の町に遊びに来ていて知り合ったんだ。俺は此処ら辺の出身じゃない。
目的は……彼女が自分を見つけて欲しいと俺に頼んだからだ」
俺はそう言うと、あの入り江で見つけた手紙を彼女の前で開いて見せた。
ウロコの事は黙っておこう。彼女が親友だというなら、字を見れば葵の字だとわかる筈だ。
彼女は俺の手からその手紙をひったくる様に奪うと、短いその文を何度も何度も読み返していた。
「……確かに葵の字に似てる。でも有り得ない!有り得ないのよ!!」
彼女はそう叫ぶ様に言うと、蹲って泣き出してしまった。……は?え?何で泣いてるんだ?俺はその様子を目を丸くして見ている事しか出来ない。
部活に行く数人の生徒や通行人がジロジロとこちらを見てる。俺は慌てて、
「ちょっ!ちょっと、立って!どうしたの?何で泣いてんの?」
と彼女の腕を引いて立たせようとするも、彼女はその腕を振り払い、そのまま泣き続けている。……これは困った。
俺は彼女と同じ様にしゃがみ込むと。優しく声を掛ける。
「何で泣いているのか教えて欲しいし、さっきの『有り得ない』ってどういう意味?
君が何て言おうと、俺が葵に出会ったのは最近の事だし、彼女がこの手紙を俺に残していなくなったのも事実。いや、居なくなった……と言うより、会えなくなったと言うべきかもしれないけど」
そう俺が言うと彼女は伏せていた顔を上げて俺をジッと見た。その頬は涙で濡れているが、ハンカチなんて物は持っていないので、どうにも出来ない。
彼女は自分の手の甲でグイッと涙を拭くと、
「私が有り得ないって言った意味を教えてあげる」
と言って立ち上がった。
「ついて来て」
そう言う彼女が学校とは反対側に向かって歩き出した。俺は慌ててその後を追いかける。
少し行くと、彼女と同じジャージを着ている生徒とすれ違う。
「あれ?双葉先輩?今日は私達の練習見てくれるんじゃなかったんですか?」
と驚いたように声を掛けてきたが、俺の前を歩く彼女は、
「ごめん!今日は行けなくなった!」
とその女生徒にジェスチャー付きで謝ると、ずんずんと早足で歩いて学校から離れて行った。
そんな彼女とバスに乘って向かったのは……
「病院……?」
と俺は呟くが、彼女は全くここまで言葉を発する事なく、そしてその俺の問いにも答える事はなく、この町で一番大きな総合病院に入って行った。
面会者名簿に名前を書き、『面会者』と書かれたカードを首から下げる。彼女……内村さんは手慣れた様子でそれらをこなしていた。
質問出来る雰囲気じゃない。俺は黙って彼女と同じ様に名前を名簿に書いて、カードを首から下げると、その後を付いて行くだけだった。
内村さんは、長い廊下の途中で目的の部屋を見つけたのか、その前で立ち止まった。
そして俺に振り返ると、
「あん……斎藤くんの言う事、全部を信じている訳じゃない。
でも、少なくとも葵が斎藤くんに彼女本人の事を話していた事は事実だと思ってる。それに……あの手紙も。
今は正直混乱してる。辻褄の合わない事ばかりだから。……でも葵があなたに自分を見つけてと頼んだのなら、きっと葵はこうなる事を望んでいたんだと思うから」
俺は不安に胸が押しつぶされそうになる。何故俺は病院に連れて来られたんだろう。
俺は葵が何処にいるのか知りたかっただけなんだ。病人のお見舞いに来た訳じゃない。
俺は内村さんの言葉に何も答える事が出来ずに、その場に佇んでいた。
内村さんにも俺の戸惑いが伝わっているのだろう、彼女は一言
「彼女の側には家族しか入られないから、窓越しになるけど、それは理解してね」
と言うと部屋の扉の取手に手をかけた。
俺はその部屋に入る前にその部屋の主の名前を確認した。
『五十嵐 葵』
俺はこの事実をどう受け止めたら良いのだろう。