まず俺はスマホで隣町にある高校を調べた。
葵を見つけること。それが最優先だと思えたからだ。
葵が高校生である事は間違いない。最初に高校三年生だと名乗っていたし、俺を『見たことない顔だ』とも言っていた。
この町には中学はあっても高校はない。なら、隣町一択だ。調べたら隣町には高校が三高あった。だけどその内一校は男子校だから、ここは除外だ。
あぁ……スマホで葵の写真でも撮っておけば良かった。ならば、高校近くのバス停で乗客に確認する事も出来ただろうに。
後悔ばかりしていても、ダメだ。見つけてと頼まれたなら見つけるだけ。
俺は残りの二校を順番に訪ねる事にした。
最初に訪ねた高校で、門前払いをされる。
直接学校に乗り込もうとした俺が悪かった。部外者は立入禁止!と締め出された。
仕方なく、俺は門から少し離れた場所で待機した。
夏休みでも部活に参加している生徒は大勢いる。俺はその生徒達に片っ端から声を掛けていった。
「すみません、この学校に『葵』って名前の生徒がいませんか?髪が長くて……少し茶色くて、腰ぐらいまであるストレートなんです。肌が透き通る様に白くて」
話しかけられた生徒は俺の事を不審者を見るような目で通り過ぎる。
だけど中には、
「葵?居るかもしれないけど、知らないなぁ」
とか
「『あおい』ねぇ……うーん、そんな苗字の人はいたと思うけど?」
と答えてくれる親切な人もいた。
日が暮れて、空に星が輝き始める頃まで俺は粘った。だけど、『知ってるよ』という人には残念ながら、出会う事は出来なかった。
家に帰って、一息つく。
部屋で寝転びながら、俺の計画性の無さを反省したが、他に良い手立てを思いつかない。
明日はもう一校の方へと行ってみるか……それとももう少しあの高校で粘ってみるか……。俺は悩みながらゴロンと横向きになる。
机の上には俺が葵の為に買った、あのプレゼントの紙袋がちょこんと置いてあるのが目に入った。
翌日、俺はもう一つの高校を訪れていた。
今回は最初から門の近くに待機して、手当たり次第、生徒と思われる人に声を掛ける。
そうこうしている内に、一人の女生徒が先生を連れてこっちに来るのが見えた。
不味い!不審者として通報されるかもしれない。
俺は急いでその場を離れた。
少し走って、高校の門が見えなくなる所まで来た時に、
『ドン!!』『キャッ!』
とある女性とぶつかってしまった。
先生が追いかけて来ていないか気にし過ぎて、前をろくに見ていなかった俺の完全なる落ち度だ。
尻もちをついた女性は小柄で、紺のジャージに大きなリュックを背負っていた。見た所、学生っぽい。
「ごめんなさい!怪我はないですか?」
俺が引っ張り上げようと手を伸ばすと、彼女は
「ああ、大丈夫、大丈夫。私もスマホ見てて前をちゃんと見ていなかったから」
と彼女は俺の手を借りずに、自分で立ち上がると砂埃を払うようにお尻をはたいた。
「本当に大丈夫ですか?痛い所とか?」
俺が尋ねるとその小柄な女性は
「スマホ落として画面割れてたりしたら何より痛かったけど、ほら、しっかり握ってたし」
と彼女は俺にヒラヒラとスマホを見せた。
俺は彼女のそのスマホケースに挟まれたプリクラの方に目が奪われる。
ヒラヒラとさせている彼女の手首をガッと掴むと、スマホの裏に挟まれたプリクラを凝視する。
……葵だ……
「ちょ!ちょっと!何すんのよ!変態!!離せ!!」
彼女は俺の手から逃れる様にめちゃくちゃに手を振り回そうとするが、俺はガッチリと掴んだまま、
「か、彼女を、彼女を知ってるんですか?!」
と尋ねた。俺のその必死さにその女性は少し怯んだ後、
「は?彼女って?」
と俺を睨むようにそう答えた。そして、
「……このプリクラの
と急に抵抗するのを止めて力を抜くと、スマホを持っていた手をダラリと下げた。
「そう。君と写っている、この女の子」
俺が彼女の手首から手を離すと、彼女は自分のスマホの裏を見て悲しそうに眉を顰めた。
プリクラに写る葵は俺の知っている葵より、少し幼く見えた。
髪も肩ぐらいに切りそろえた所謂ミディアムボブ。二人は仲が良さそうに寄り添って同じポーズを取り、その四角い枠の中に収まっていた。
「知ってたら何なの?」
さっきまでの朗らかな雰囲気とは違い、今度は棘のある言い方だ。
彼女はスマホを隠すように、ジャージのポケットに入れた。
「彼女の名前は『葵』ですよね?」
そう俺が言うと彼女の肩はピクリと反応した。
「……あんた誰?」
「俺は希。斎藤 希と言います。その彼女の……友達です」
俺達の関係を言葉にするとしたら一応『友達』になるのだろうか。俺と葵……何と表現するのが正解なのだろう。
「友達?あんたが?あんた何歳?」
『あんた』『あんた』って……名前名乗ったのにな……と思わなくはないが、訂正する雰囲気ではない。
「俺は十六歳……高校一年です」
「歳下?!葵が?!って、そんな話、葵から一回も聞いたことがないんだけど」
彼女は信じられないといった風に肩を竦めると、腕を組んで俺をまた睨んだ。
「別にあなたが知らないだけでしょ?俺はとにかく葵に会わなきゃいけないんだ。彼女の家は?」
そう言うと俺の目の前の彼女は馬鹿にした様に、
「見ず知らずの人に教えるわけないでしょ。変な子。さよなら」
と俺に背を向けて、学校の方へと向かって行った。