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第15話


俺は朝から隣町に買い物に来ていた。

今日こそ葵に告白する!そう決意して、バスに乗る。

手ぶらで告白するのも間が持ちそうにないし、何かプレゼントしようと思って意気込んで来たのだが……。

生まれてこの方、女の子へプレゼントなどした事がなかった俺は、何を贈るべきか、かなり悩む羽目になった。



「遅くなったな」

プレゼント選びに思いの外時間を取られてしまった。いや、優柔不断で経験値不足の俺が悪いんだけど。


俺はバスを降りて、あの入り江まで走った。今日は自転車は無しだ。

息が切れるけど、足を止めることなく俺は立入禁止の看板の前まで走り切る事が出来た。


俺はロープを跨ぐ前に懸命に息を整える。

額の汗を手で拭うと、フーッと息を吐いて、ロープを越えた。

心臓がドキドキしているのは走って来たからだけじゃない事は自分が一番わかっている。


緩やかな坂を降り切ると海と砂浜が見えてきた。そこにはいつも通り穏やかな波が立っている。

しかし、いつもと違う事が一つだけあった。……そこに葵の姿は無かった。


「葵~?」

俺は周りをキョロキョロしながら葵の姿を探すが、そんなに広い入り江ではない。端から端まで歩き切る頃には、俺の心は鉛を飲み込んだ様に重くなっていた。


………フラれた。告白する前にフラれてしまった。だってキスした翌日に会いに来ないなんて……どう考えても避けられてるとしか思えない。


俺は力なく砂浜に腰を下ろした。


「はぁ~~」

ため息しか出てこない。昨日有頂天になっていた自分を殴りたい。

あんな事をしなければ、今日もまたいつもの様に葵と笑い合えていた筈だとそう思えば、昨日の愚行が悔やまれてしょうがない。


俺は自分の手に握られていた小さな紙袋を覗き込む。そこには綺麗にラッピングされ小さなリボンを纏った葵へのプレゼントが所在なさげにちょこんとあった。


「これ……どうすっかな……」

俺は誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。



「ただいま……」

いつもより少し早く帰って来た俺に、


「希、今日は早かったねぇ。夕飯もう少しで出来るから」

とばあちゃんが声をかけてくれた。

夕飯………正直、食べる元気はなかったが、


「わかった。それまでちょっと部屋で休んどくよ」

と俺は無理やり笑顔を作ってそう答えていた。



次の日。

未練がましいと自分でも思いながらも、俺はまたあの入り江に向かった。

『昨日は都合が悪かっただけかもしれない。きっとそうだ』と思う俺Aと『フラれたくせに、みっともない。冷静に考えたらわかるだろう?』と思う俺Bが戦った結果、俺Aに従う事にした。

ああ!俺は未練がましいしみっともないよ。だけど好きなんだ葵が。

この気持ちをなかった事に出来ない俺は、重い足取りで、いつもの緩やかな坂を降りた。


………居ない。やっぱりそこに葵は居なかった。


俺はまた、ため息をつく。どうしよう……帰ろうか、そう思っていた時、ふとある物が目に入った。

葵が人魚を見たという岩場に青い紙切れの様な物が置いてあった。

風で飛ばされないように、わざわざその上に石を重しとして置いている所を見ると、誰かがそこにあえて置いたのは、間違いない。


俺はその岩場に足早に近づくと、足首まで海に浸かりながら、その青い紙を手に取った。


その紙切れに見えていた物は青い封筒だった。

もしかしたら葵からの手紙かもしれない……俺は逸る気持ちを抑えきれずに、少し乱暴に封筒を開けて中身を確認する。

そこには封筒と同じ青い便箋が入っていた。二つに折られた便箋を開くとそこには、


『みつけて』

と一行だけ書いてあった。宛名も自分の名前も何も書かれていない。ただそれだけ。


俺はもう一度封筒を確認する。何か入ってる。俺が封筒を逆さにして振ると、俺の手のひらにあの日、葵が見せてくれたオレンジ色のウロコが入っていた。俺はそのウロコを握り締める。


『みつけて』ってどういう事だ?


この手紙は間違いなく葵からのもの。宛名は無くても俺へのメッセージである事も間違いないだろう。

最初は『事件に巻き込まれたのか?』『もしや誘拐された?』などと思ったが、そんな時に、呑気にこんな所まで来て手紙を置いて行ったりはしないだろう。

……みつけて……何を?

もしかして、自分を見つけて欲しい……そういう事だろうか?


良く考えなくてもわかっていた事だが、俺は葵の事を何も知らない。

住んでいる場所も、通っている学校も、そして苗字さえも。

自分の事を多く語らなかった彼女。彼女に嫌われるのが怖くて、彼女の心の中に踏み込めなかった自分。

こんな事になるぐらいなら、ちゃんと彼女に向き合えば良かったと俺は今更ながら、後悔した。

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