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第14話


俺達はそっと息を潜めて岩場の陰に隠れる。

声は聞こえるが近付いているのか、遠ざかっているのかまでは、わからない。

俺と葵の手は固く繋がれたままだ。


「怒られるかな」

小さな声で葵はそう言った。


「シーッ!もう少し隠れていよう」


岩場に月の光が届く。その光の届かぬ場所まで俺は葵を自分の方へと引き寄せた。


二人の陰が一つに重なる。思いの外近づき過ぎてしまって、心臓が大きな音を立てる。

波の音に紛れて、葵に気づかれません様にと、俺はただ祈った。


永遠の様に長く感じたが、実際には五分程経った頃、葵が堪えきれないといった風にクスクスと笑い始めた。


「どうした?」

俺は念の為、声を落として尋ねる。


「ん?何だかかくれんぼみたいで楽しくなってきちゃった」

と声を抑えて肩を震わせる葵に、俺も何だか愉快になって来た。


「アハハ」

とつい少し大きな声で笑ってしまって、慌てて口を片手で防ぐ。

そんな俺の様子に、葵はますます我慢出来ないといった風にクスクスと笑っていた。

二人とも笑い合う。何が面白いのか、もう自分達でもわからなくなってきたが、笑いが止まらない。

ひとしきり笑い合うと、葵が


「あ~面白かった」

と目元を拭った。笑いすぎると人は涙が出るらしい。

葵の視線が俺と繋いだ手に注がれる。まだ握りしめたままだった事を、俺も思い出した。

少し気まずくなってその手を離そうとすると、葵はキュッと強く手を握る。俺達はそれを合図に見つめ合った。


二人の顔が近づく。俺達はそっと唇が触れ合うだけのキスをした。


「あ、ご、ごめん」

俺は自分の行動に驚いて、つい謝ってしまった。


「何で謝るの?」


「いや……ごめん」

こんな時、カッコよく決められる男が羨ましい。俺はどんな言葉を言えば良いのかさえわからず、プチパニックだ。


すると、そんな俺を見た葵はまたクスクスと笑って、


「もう!ロマンチックじゃないなぁ~」

とからかう様にそう言うと、俺の手を引いて岩場から出た。


今まで逃げていた月明かりの下へと二人で戻る。月明かりが明るく俺等を照らすと、そこで葵は俺の手を離した。

今まで繋がれていた手が、急に拠り所を無くしたように、寂しくなった。だからといってもう一度繋ごうと言う勇気もない。


「結局、大丈夫だったね!」

明るく言って振り返る葵に


「あ……うん」

と答えるのが今の俺には精一杯だった。




キス……したんだよな。


俺は岩場での事を思い出して、そっと自分の唇に触れた。

葵は俺に背を向けて、花火の後片付けの続きをし始めていた。

その姿は全くもっていつも通りで、俺だけが意識しているのかと思うと、なんだか切なくなる。

……俺だけがガキみたいだ。いや……でもファーストキスだったんだけどな……。感触を思い出したい……という気持ち悪い妄想に襲われるが、俺はそれを振り払う様に頭を振ると、葵と一緒に片付けを始めた。


「楽しかったね~」

葵はバケツの水に浮かぶ花火を見ながらそう微笑んだ。


「うん。花火に、スイカ割りに海水浴。夏らしい事は結構やったよな」

と答える俺に、


「誰かさんは泳いでませんけどね~」

と葵はからかう様にそう言った。


「なっ……!海には入っただろう!」

と口を尖らせる俺に、葵はまたクスクスと笑った。


「今年の夏は、凄く夏らしかったな」

葵が呟く様に言う。


「俺も。THE夏休みって感じ……久しぶりだったな」


「…………私、多分……いや絶対この夏のこと忘れない」

葵のその言葉にドキッとする。

葵の顔を見ると、またいつもの寂しそうな笑顔を見せていた。

急に俺は不安になって、葵の手を握る。葵はそれに少し驚きながらも、自分も指を絡める様にして手を握った。


「俺……」

俺は意を決して、自分の気持ちを告白しようと口を開いた。だけど、葵はそれに被せる様に、


「もし……私がこの世界から人魚姫の様に泡となって消えてしまっても、君には……君だけには覚えてて欲しいな」

とそう呟いた。


「忘れる訳ないよ!」

俺は力強くそう言って、葵の手を握り締める。そうしなければ、今にも葵が消えてしまいそうで不安だった。


「うん……。ありがとう」

葵は微笑んだ。そして、


「ねぇ……人魚姫は幸せだったのかな。王子様に出会えて」

そう俺に尋ねる。


「どうして?」

俺はまた葵の言葉の中にあるヒントを探す為、そう聞き返した。


「だって……王子様に出会わなければ人間になりたいって思うことも、命を落とす事もなかったでしょう」


「確かにそうだけど。……でも、何となくだけど、誰かを好きになる気持ちを知らないまま生きていくのも、それはそれで寂しいんじゃないかって思うんだけど……」

そう俺が言うと、その答えに葵は納得したのか、


「……そうだね。恋を知らずに消えてしまうのは……もっと不幸な事だったのかもね」

そう静かに頷いた。


彼女は暗い海を見ている。その表情からは何も読み取れず、俺はただその横顔を見つめていた。


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