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第13話


俺は『立入禁止』の看板の前で悩んでいた。

こんな顔を見せたら、また葵を心配させるのではないかと。


正直、泣いてはないが酷い顔をしている自覚はある。スマホの画面に映る俺は、何とも言えないしょぼい顔をしていた。


俺が躊躇っていると、坂の向こうから葵が走って来るのが見えた。

あの砂浜から離れてこんな所まで葵が来るのは珍しい……いや珍しいどころじゃない初めて見た。


「葵?!」

俺は驚いて、ヒラリとそのロープを越えた。


「希!」

葵はそのまま真っ直ぐに走って来て、俺の腕に飛び込んで来た。俺はそのまま葵を受け止める。


「なに?どうした?こんな所まで……」

と驚く俺に、


「希が泣いてる気がしたから……そう思ったら、ジッとしていられなくて」


「泣いてる?泣いてないよ、ほら」

と俺の胸に顔をうずめる葵を覗き込む。


俺が顔を見せると、


「泣いてないけど……泣いてる。心が」

と何故か葵の方が泣き始めた。


俺はその小さな背中を彼女の長く伸びた髪ごと撫でる。


「俺の代わりに泣いてくれてありがとう。泣きたい気分だったかも」

と俺が言うと、


「……でしょう?なら、希が泣けない分私が泣くよ」

と葵は俺の胸に顔を擦り付けた。


「お前……今、俺のTシャツで涙拭いたよな」


「えへへ。だって拭く物持ってなかったから」

と葵は泣き笑いの表情で俺にそう言った。





「お母さんが……」


「うん。何で来たのか……結局よくわからなかったよ」

俺達はいつもの様に砂浜に腰を下ろし、並んで海を見ていた。


「言い訳がしたかったのかな」


「浮気の?いや、浮気の事を俺が知ってる事は想像していなかったみたいだから……」


「じゃあ、さよならを言いに来たのかな?」


「もしかすると、ばあちゃんに会いに来たのかも。ばあちゃん優しいから、あんな人でもきっと許しちゃうんだろうな」

俺は少し空を見上げた。

今日は少し雲が多い。雨が降らないと良いなと、ふと考える。


「結局は夫婦の問題ってやつなのに、巻き込まれるのはいつも周りの人ね」


「だな。なんか謝ってたけど……自己満足だろ。どのみちもう……会いたくはないかな」

そう言った俺の肩に、もたれ掛かる様にして葵はコテンと頭を乗せた。


「最後まで……傷つけなくても良いのにね」

そう言う葵はまた少し泣いているようだった。




家に帰ると、ばあちゃんはいつも通りのばあちゃんだった。

母親が訪ねて来たのか、俺はその話を切り出さないまま、普段通りにばあちゃんと夕食を食べる。

晩御飯の食卓には俺の好物ばかりが並べられていて、これはさり気ないばあちゃんの心遣いなんじゃないかと思うと、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。




「おばあちゃん、優しいね」

昨晩の話を葵にすると、第一声はこれだった。


正直、実家に戻れば嫌でも両親が離婚した事実を突きつけられる事になる。

ならば、今は頭を空っぽにして葵と過ごしたいと思っていた。


俺がこの田舎で過ごせるのはあと十日程。俺は実家に戻る前にちゃんと自分の気持ちを葵に打ち明けるつもりだ。

でも……遠距離かぁ……って、もう付き合ってる気分になってるのは調子に乗り過ぎか。


俺はいつもの様にニコニコと俺から渡された左耳用のワイヤレスイヤホンで音楽を聴いている葵の横顔をチラリと見た。


……可愛いよな……。普通にめちゃくちゃモテそうなんだけど、何で俺なんかと毎日会ってくれてるんだろう?

あ……そう言えば葵、スマホ持ってないって言ってたな……連絡取れないのは不味いよな。……ってまた付き合ってる妄想してるよ!俺!

でも嫌われてはない。それは自信を持って言える……多分。


「何?何か私の顔についてる?」


「い、いや。楽しそうだな……と思って」


危ない。妄想真っ只中だった。葵に声を掛けられて我に返る。


「こんな風に同じ音楽を誰かと共有出来るのって……何か良いね」


「今までやった事なかった?」


「うん。やった事なかった。正直、希と一緒に居ると初めての事がたくさん増えてくから楽しい!」

と笑った。


か、可愛い~。こんな事言われて調子に乗らない男がこの世にいるなら見てみたい。




「今日はさ、少し暗くなるまで一緒に居れる?」

俺が尋ねると、葵は


「暗くなるまで?うーん……多分大丈夫だと思う。どうして?」

葵は大きな瞳を輝かせる。

ワクワクしているのが手に取るようにわかる。


「ちょっと待ってて!」

俺は葵の返事を聞いて立ち上がると、走って自転車の所まで戻ってあるモノを取って来た。


直ぐに葵にバレてしまうのは面白くない。俺はソレを後ろ手に隠して、葵の元へと戻る。


「ほら、コレ。今日はこれをしよう」


「嘘?!花火?子どもの時にお母さんとやった以来だ!」

俺がジャーンって感じで葵の前に差し出した花火セットを見て、葵は嬉しそうに手を叩いた。


あまり遅くなるのは流石に不味いだろうから夕暮れに差し掛かった頃に、俺は花火に火をつけた。

空には薄っすら星が瞬いている。

俺達は手持ち花火を各々に持ち、眩しく光る緑の光やピンクの光を楽しんだ。


「うわ!煙い」

光と共に立ち込める白い煙に俺達は包まれる。ちょっとした非日常空間の様だ。


「ゴホッ!本当だ」

俺も思わず咳き込こんだ。


俺達は自分の方にたなびく煙を手で払いながら、花火を楽しんだ。

定番の花火を粗方終えて、線香花火に火をつける頃には、空に輝く星がくっきりと見える様になっていた。


「あれ?これは?」

使命を終えた花火をバケツに入れた水に全て浸けて、後片付けをしている俺に、袋に残る花火を指さしながら葵が尋ねる。


「あ~それは打ち上げ花火。小さいけど流石に立入禁止の場所で打ち上げるのは不味いだろ」


「え~!やってみたい!大丈夫だよ。だって今まで私達以外、ここに来た人居ないし、怒られた事もないじゃん」


「そうだけど……」

と渋る俺の事を無視して、葵はその打上花火に火をつけた。


『パーン!』


打上花火と呼ぶには頼りないくらいの音と共に小さな花が夜空に咲く。

ほんの小さな音と光の筈なのに、思いの外この静寂に響いて俺は焦った。


「おい!葵、不味いって!」

と言う俺の声に交じって、入り江の入口の方から、誰かの声が聞こえた気がした。


葵にもその声が聞こえた様で、緩やかな坂の上を振り返る。


俺は


「不味い!誰か来るかも。葵!コッチ!」

と抑えた声で葵に手を伸ばす。


葵もその手に自分の手を伸ばすと、俺達は手を繋いで雨宿りしたあの岩場に走り込んで急いで隠れた。




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