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第12話


結局、俺が考えたって状況が変わる訳じゃない。でも色んな事の点と点が線で繋がっていく感覚だ。

母親が俺に関心が無くなっていったのは、弟が産まれたから……じゃなくて、好きじゃなくなった男の子どもだから……って事か……。

いや好きな男の子どもの方が可愛く思えるのは当たり前だろう。って俺も母さんの子どもの筈だけど。そう思うと何故か笑えた。


「また、夜更かし?課題終わったんじゃなかったの?」

俺の顔を覗き込んできた葵にそう言われて、俺は自分の頬を撫でた。


「……両親の離婚の理由が分かった」

俺がそう言うと、葵は眉を顰めた。


「連絡があったの?」


「ばあちゃんと……父さんが電話で話してるのを聞いた。……立ち聞きはルール違反……っていう説教はなしな」


「なんで?って私が聞いちゃっても良いのかな?」


「弟が父さんの子じゃなかった。俺とは……異父兄弟?って言うんだっけ?ソレらしい」

淡々と俺は喋ってるのに、何故か葵の方が痛みを我慢している様に見える。


「それって……間違いないの?」


「離婚するって言ってんだから、間違いじゃないだろう?弟が産まれたくらいから……母さんの様子がおかしかったんだ。それなら辻褄が合うな……とも思うし」


「そっ……か。うーん……ごめん、言葉が見つからないや」


「別にいいよ。俺も……これに対してどう反応して良いかわからないし。夏休みが終わって家に帰ったら……もう母親も弟も引っ越した後。俺は父さんと二人暮らしになる……ってただそれだけ」


「……うちと同じだ」


「状況だけな。過程が違いすぎるけど」


「そうだね。……希のお母さんも弟さんも……この世界には居るんだし。会おうと思えばまた、会えるもん。大丈夫だよ」


……俺が言いたかったのは『不慮の事故で居なくなった葵の父親と、自分の身勝手で居なくなる俺の母親とは違う』って事だったんだけど……それを言えば葵の気持ちを無下にする様で、俺は口を噤んだ。



「……希は大丈夫?」

葵が心配そうに尋ねる。


「大丈夫だよ。理由がどうあれ、離婚の事実が変わる訳じゃないし。離婚なんて今どき珍しくもない」

そう言った俺の頬を葵は指で拭う。


「……大丈夫な人は泣かないよ」

葵は泣きそうな顔でそう言った。……俺って、今……泣いてるんだ。


「大丈夫……な筈なんだけどな……」

声が震える。好きな女の前でみっともないな。


「子どもはいつも大人に振り回されるね。でもお父さんが希に離婚の理由を隠していたのは、やっぱり傷つけたくなかったからだと思うよ。

お母さんを悪者にしたくなかったのかも。だって……お母さんは希のお母さんだから」


「……う……ん。……うん」

俺は俯きながら、そう答える事しか出来なかった。


葵はそんな俺の頭を何度も何度も優しく撫でた。




翌日、自転車に乗ってばあちゃん家の門を出た俺の前に、


「希。少し話せる?」

と母親が現れた。俺がブレーキをかけると、自転車は軋んだ音を立てた。油差さなきゃなと考えながら、俺はゆっくりと自転車から降りて、突然現れた母親をつい睨んでしまった。


「話す事なんてないよ」

そう吐き捨てた俺に、


「……理由を聞いたのね。あの人……私を悪者にしたいだけなんだわ」

母さんは苦々しくそう言った。


「父さんは俺に何にも言わなかったよ」


「じゃあ、お義母さん?お喋りね」

そう腕を組んだ母親にイライラが募る。


「ばあちゃんも別に俺に何にも言ってないよ。勝手に勘違いすんなよ」


俺はもう話なんかしたくないと思い、また自転車に跨った。


「ちょっと待ちなさい。希に聞いて欲しい話があるの!」

そう言った母親にため息をつきながら、俺はまた渋々自転車を降りた。


自転車を押しながら、母親の隣を歩く。あの入り江に着くまでに話を終わらせて欲しい。こんな所を葵に見られたくない。


「希は私を恨んでいるかもしれないけど、私だっていっぱい、いっぱいだったの。

お父さんはあの通り仕事人間で、家庭のことは私に任せっぱなし。子育てだってそう。

結婚して、知らない土地に行って……心を許せる人が居ない中で誰にも相談出来ずに苦しかったわ。

希……貴方は覚えていないでしょうけど、赤ちゃんの頃、貴方って凄く体が弱かったの。

それでも貴方の看病なんて、あの人はしてくれた事はなかった。出張中に何回も夜中の救急病院に貴方を連れて行った事もある。それでも誰も助けてくれなかった」


「だから?そんな父さんを好きになって結婚したのは自分だろ?」


「あんな人だと思わなかったの。お母さんだって……寂しかったのよ」


こいつ……何言ってんだろ?俺の心の中のモヤモヤが爆発しそうだ。


「寂しけりゃ、浮気しても良いのかよ」

そう言った俺に、母さんは傷ついた様な顔をした。

傷ついてるのは、自分なのか?傷ついてるのは……父さんだろ?


「希……人間ってそんな単純じゃないの。色々あって……色々あったからこそ、その道しか選べない事も……」


「はぁ?何言ってんの?単純じゃん。

父さんに不満があったから、浮気しました。でも安定した暮らしも捨てがたいから、父さんを騙してました……って事だろ?

それとも、創が産まれた時点で、ちゃんと言った?『この子は貴方の子どもじゃありません。浮気相手の子です!でも離婚は困るから、貴方の子として育ててね』って!」


最後の方は殆ど叫ぶ様になっていたと思う。だって、俺の心のモヤモヤは爆発してしまったから。


田舎とはいえ、昼間は通行人もチラホラ居る。その人達がチラチラとこちらを見て何か言ってるが知ったこっちゃない。

お互い、道端で立ち止まっているんだ、見られても仕方ない。


「希!貴方、親に向かってそんな口を!」

と母親がワナワナと震えながらそう言った。

何が親だよ。もう俺の親は降りたんだろ?


「もう親じゃないだろ?で、何を俺に聞いて欲しかったんだよ。『私は悪くありません』って言いに来たの?わざわざこんな嫌いな田舎まで来て?」

俺が馬鹿にした様に言うと


「貴方はそういう所があの人そっくりよ。煽るような口調もそっくり。いつも正しいのは自分だって思って他人ヒトを追い詰める。母親を馬鹿にして、そんなに楽しい?」


楽しいわけないじゃないか。苦しいよ、胸が。


「今まで無関心だったくせに、最後だけ綺麗に終わらせようとすんなよ。最後は『良い母親だった』って俺に言わせたいの?

別にもうどうでも良いよ。あんたは俺にとってどうでも良い存在なんだ。

話は終わり?なら創の元に早く帰ってやれよ。あいつは俺と違ってあんたを必要としてるんだから」

俺は母親だった人を追い越すと、無言で自転車に跨る。あの入り江に行くまでに、話を終えられて良かった。


俺が自転車を漕ぎ出すと、その背中に


「希!ごめんね!」

と声が掛かる。謝ったら自分だけはスッキリするもんな。……最後まで自分勝手な人だと、俺はそう思った。



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