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第11話


「そうだな……じいちゃんもすっごい元気だったのに、急に倒れて……そのまんま。脳出血……だったかな?」


「……幾つだったの?」


「うーん……多分まだ六十代だったんじゃないかな?」


「若いよね。まだ。今って人生百年時代って言うもんね」


「平均寿命って……今、どれくらいなんだろう?」


「え?どれくらいだろう?」

二人で頭を捻る。俺はスマホで直ぐに調べてみる。


「えっと……男性は八十一、女性は八十七だってさ」

俺がそう言うと、


「でも……それってあくまでも平均なんだよね……。それより早く亡くなる人も居て、それよりずっと長生きする人もいて……その平均が今言った数字だとしたら、あんまり意味はないね」


「だな。っていうか……残された人にもそんな数字、全然意味ないよな。大切な人が居なくなったとして……平均と比べて『早い』とか『遅い』とか関係なくて……いつでも悲しいだろ?」


葵は父親を亡くしてる。物心ついた時には母親と二人暮らしだったかもしれないけど……それでも悲しいもんは悲しい筈だ。

若くても、年寄りでも……誰かの存在が……自分の身近な存在が、この世から消えてしまう事に無関心ではいられない。



「ねぇ……人魚姫の話って知ってる?」

唐突に葵がそう尋ねる。葵の話に脈絡がないのは、いつもの事だ。

だけど、きっと彼女の中では何かが繋がっているのだろう。


「人魚姫って……童話の?」


「そう。ハッピーエンドじゃない方」


「うーん……正直、うろ覚え。ハッピーエンドの話に塗り替えられてるって感じ」


「ハハハッ!確かに!あっちの方が有名になっちゃったかも」


「で?結局どんな話だったっけ?」


葵の話には脈絡はないけど、そこに重要な『何か』が隠されているようで……その『何か』を知りたい欲に駆られている俺は、ヒントが欲しくて彼女の言葉を漏らさず聞こうと頑張っているところだ。


「人魚姫が人間の王子を助けて、恋をして、魔女との取引で人間の足を手に入れる……ここまでは知ってる?」


「それは覚えてる。確か、声と引き換えに足を手に入れるんだよな」


「そう。人間になった人魚姫は王子と再会して幸せに過ごすんだけど……王子は見合い相手の王女が自分を助けた女性だと勘違いしちゃうの。でも声を失った人魚姫にはそれは自分だと言えないから、王子はその王女との結婚を決めてしまうのね」


「そんな話しだったっけ?そこら辺から覚えてないや」


「でね、王子が他の女性と結婚しちゃうと人魚姫は海の泡となって消えてしまうっていう制約がかけられていて、それを不憫に思った人魚姫のお姉さんが魔女と取引をしてナイフを手に入れるの。そのナイフで王子の胸を刺して返り血を浴びたら人魚の姿に戻れるっていう……」


「そんな怖い話だった?」


「この部分ってあまり子ども向けじゃないよね。でも、人魚姫は結婚が決まって幸せそうな王子を見て、自分が海の泡と消える事を選ぶのよ」


「……じゃあ、悲恋……って事?」


「そうなの。凄く悲しいお話。でね、私思うの。その後……王子は幸せになったのかな?って」


「どういう意味?」


「だって……勘違いよ?真実が分かった時……王子は後悔しなかったのかしら?だって自分の大切な女性はもうこの世に居ないのよ?」


「人魚姫の後日談を考えた事なかったけど……どうだろ?勘違いに気づかなければ……幸せなままじゃね?」


「知らない方が幸せって事?」


「いや……まぁ、知る術がないかもって事だよ」


「そうか……じゃあ人魚姫の存在って……何なんだろうね」


「でもさ、ふと俺思ったんだけど、王子は人魚姫と幸せに過ごしていた時もあった筈だろ?いつの日か……人魚姫の事を思い出すんじゃね?その時……王子はどう思うんだろうな」


「寂しい……って思ってくれるかな?」


「思う……ような気がするけど……」


「なら……彼女は泡になっても幸せね。王子の心の片隅にでも、彼女の居場所があるのなら」

と葵は寂しそうに微笑んだ。

まただ。彼女の寂しそうな、なんともいえない表情。

葵は……人魚姫と誰を重ねているのだろう。



「ばあちゃん……ただい……ま……」


俺が玄関の引き戸を開けて、声を掛けようとしたが、ばあちゃんが誰かと話している声が聞こえて、俺は声のボリュームを落とした。


ばあちゃんはどうも電話をしている様だ。


俺は立ち聞きも悪いと思い、居間を通らず自分の部屋へと戻ろうとすると、


「そうかい……そんな事が……。うん。うん。希は元気にやってるよ」


俺の名前が聞こえてきて、俺は後ろめたさがありつつも、ばあちゃんの死角になる廊下で、そっとその話を聞いた。


「あんたが決めた事だ。離婚って聞いた時には子ども達の為にも何とかならんもんかと思ったけど……確かに、それではもう一緒にいるのは難しいねぇ」


相手は俺の父親みたいだ。


「いや、いや。謝る必要なんてない。じゃあ……麻衣子さんはもう出ていったんか?あ~そうか。ハジメは退院したん?それは……良かったなぁ」



創……弟は退院したらしい。

そして、二人はもう家を出た……という事だろう。まぁ……予想通りだ。


「あんたも体に気をつけるんだよ。うん。まぁ……希にはまだ言わん方が良いじゃろ。

創の父親が別におるなんて……希は確かに大人っぽい所のある子じゃが、まだ十六。大人になるには早過ぎるよ」


………おっと……。俺って今、両親の離婚の原因を聞いてしまったのではないか?……しかもかなり衝撃的な事実なんだが……。

俺はそーっと玄関まで戻って大きな音で引き戸を開けた。

そして


「ただいま~!!」

とたった今、帰って来た風を装って、居間に向かって大きな声でそう言った。


「ただいま!」

改めて居間に向かって声を掛ける。


「あぁ、おかえり、おかえり」

ばあちゃんは既に電話を切ったのか、居間から廊下に顔を覗かせて、俺の姿を見てニッコリと微笑んだ。

俺もニッコリと笑顔を返して靴を脱ぐ。俺は平気なフリをしながら、心のざわつきを抑え込むのに苦労していた。


俺は夕食後、部屋で仰向けにゴロンと寝転んだ。ここの天井の木目って……人の顔に見えるよな……なんて思考を別の物にすり替えようとしても、全く上手くいかない。


俺は諦めて、両親の事について考える事にした。

……創の父親は別にいる……ってコトは俺と創の父親は違うって事で……これって母さんが浮気してた……って事だよな?

創は今年……八歳になるから、十年近く父さんを騙してたって事か?それとも……父さんは知ってて黙ってた……とか?

っていうか、次男なのに『はじめ』って名前を付けてる時点でお察しだと思う。


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