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第9話


もう一度、今度は目で確認しながら、バットをスイカに振り下ろす。

すると、スイカはまぁまぁな大きさを残しながら、食べられる程の欠片になった。


「美味しい!スイカってこんな美味しかったっけ?」

と目を丸くする葵に、


「ばあちゃんの畑で作ってるスイカなんだ」

と俺は答えた。


「な~んで希が少しドヤッてんの?」

と葵がクスクス笑う。


「え?俺ドヤッてた?」

と俺は頭を掻いた。


「希はおばあちゃん好きなんだね」

と笑う葵に


「まぁな」

と俺は言葉少なく答えた。


父親は仕事、母親は段々と俺に無関心になるにつれて、幼い頃、この田舎で過ごした思い出が俺の心を温めてくれていた事は確かだ。

その思い出には、じいちゃんとばあちゃんが必ず居た。



「私ね、お母さんと二人暮らしなんだ」

とスイカを食べながら葵が言う。

自分の事を葵が話すのは珍しい。俺は黙って言葉の続きを待った。


「お母さん、駆け落ちしたんだって。すっごく厳しい家で育てられて……お父さんはお母さんの実家に来ていた庭師の一人で……結婚前に私が出来て、二人で駆け落ちしたんだって」


「なんか……一昔前の話みたいだな」


「時代錯誤だって……お母さんも言ってた。でもそんな家が残っているのも確かだし。で、お母さんの実家から逃げる様にこの町に来たの。そして……私が生まれて。でもお父さんはその一年後に事故で……」

と葵は少し視線を落とした。


「……そっか」

俺は気の利いた言葉も言えず、そう言うのが精一杯だった。


「お母さん……それから凄く苦労したんだ、私を育てるのに。だからなるべくお母さんには悲しい思いをさせたくなかったのにな……」


「のに……?」


「ううん、何でもない。こうして毎日遊んでる私、親不孝な娘だなって思って」

と葵はぎこちなく笑った。

彼女は時折、こうして無理に笑うことがある。

彼女の少し悲しそうな笑顔の裏に何が隠されているのだろう。知りたい様な……だけど知ってしまえば彼女を失ってしまいそうな……そんな気持ちになって、俺は胸が苦しくなるのだ。


「もうお腹いっぱい!」

明るい声で言う葵はいつもの笑顔に戻っていた。


小さめのスイカとはいえ、二人で食べるには多すぎた。俺も腹がはち切れそうだ。


本当はこの入り江だけじゃなく、葵と映画を観たり、カフェに行ったり、この前すっぽかされた水族館に行ったり……二人で色んな経験をしたかったし色んな景色を見てみたかった。


けれど何故か俺はあの日……約束をすっぽかされて不貞腐れたあの雨の日に何となく思ったんだ。

葵はこの入り江に住む人魚なんじゃないかって。ほら……人魚姫って童話にもあったじゃないか、人魚が人間になる話……って馬鹿らしい事を考えているのは分かってる。

でも俺は次の約束をする事なく、こうして毎日ここに来る事を選んだんだ。



毎日、俺は人魚の入り江へ向かう。

そんな俺をばあちゃんは何にも言わずに見送ってくれた。

図書館に行く……なんて嘘をついている事が申し訳なくなるが、それでも俺は毎日入り江へ向かう……俺の人魚に会うために。



「これ、片耳に付けて」

ワイヤレスイヤホンの片方を葵に渡す。

スマホを持っていないと言う葵だが、使い方がわからない訳ではないらしい。


「これ、俺が好きな歌なんだ」

好きな女の子には自分の好きを共有したくなるのって……普通だよな?

別に強要するつもりはないけど、同じ趣味ならやっぱり嬉しい。


「へぇ~。良い曲だね。歌詞も良いし」

俺は今どき高校生だが、曲の好みは少し皆とズレているらしい。

そんな俺のオススメを葵が良いねと言ってくれた事が嬉しすぎてニヤける。


「少し昔の曲なんだ。俺ってちょっと趣味が変わってるって言われるから」


「そう?良いものは良いよ。時間が経ってても」


「だよな。……うん。わかって貰えて嬉しい」

俺は素直に顔を綻ばせた。



「ねぇ……希は彼女いないの?」

葵からの質問に俺は咄嗟に


「い、いないよ!」

とちょっと強めに否定してしまった。いや……動揺しすぎだろ、俺。


「クスクス。そんな力強く言わなくても。

ふーん……結構モテそうなのにね」

と彼女は笑う。


……俺の答えは正解だったのだろうか?見栄をはって『居るよ』と答えた方が良かったのか『俺なんて……』と卑下する方が正解なのか……。


確かに『彼女もどき』の様なものが居た事はある。告白されて『いやだ』と言わなかっただけで、次の日から彼女って事になってた。

んで、別に何にもしなかったら、二週間後にはふられてた。セミの寿命よりは辛うじて長かった俺の交際期間……いや、セミは土の中で七年ぐらい過ごすんだった……セミの勝ちだ。



「じゃあ、葵は?……か、彼氏いるの?」

動揺して噛んだ。いるって言われたら……立ち直れないかも。


すると彼女は微笑んで


「いない、いない」

と否定した。

俺はとりあえずホッとする。心の中では(じゃあ好きな人は?)と次の疑問が湧いて出てるが、それを口に出す勇気は今の俺には無かった。


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