俺は訊かれてもいないのに言葉を続ける。
「うち、両親が離婚するんだ」
そう俺が言うと、葵はガバッと上半身を起こして横で寝転ぶ俺を見た。
「可哀想なんて思わなくて良いよ。別に俺は思ってないから」
と俺も上半身を起こして、改めて座り直した。
「どうして?って訊いても良い?」
「どうしてなんだろうな?大人って子どもを馬鹿にしてるから、理由なんて話さなくて良いって思ってるんだろ」
俺が少しやけになった様にそう言うと、
「逆じゃない?傷つけたくないだけじゃない?」
と少し眉を下げて葵は言った。
「勝手に傷つくって決めてるのも何か違うだろって思うけどな」
「……そうなんだけど……。大人は自分が傷ついてるから、きっと同じ思いをさせたくないって思ってるだけだと思うよ」
「勝手に結婚して勝手に離婚するのに?自分達が傷つくなんてあり得ないだろ」
たった二つ歳上なだけで、葵が大人側に付いているのが気に入らない。
……まぁ、この国では十八で成人だから、大人といえば大人なんだろうけど。
そこに壁を感じてしまう俺は、やっぱり子どもなんだろうか?
「きっと簡単には割り切れない何かがあるんだよ。子どもには知られたくない何かが」
「大人ぶんなよ」
つい口調がきつくなってしまった。すると、葵は俺に近づくと俺を抱きしめた。
「な、何?」
俺が葵の行動に動揺していると、
「もう傷ついてるじゃん。自分だけ置いてきぼりにされてる事に。大丈夫。きっと時が来れば嫌でも真実を知ることになるから」
と葵は苦しそうにそう言った。
その言葉に俺は胸が苦しくなった。両親に置いてきぼりにされている事も事実だし、それに拗ねてる自分は十分子どもだ。
だけど……葵の言う『真実』が他の何かを指している様で、俺は不安になる。その何かは……今の俺にはきっとまだわからないけれど。
「……ありがとう。慰めてくれて」
俺は不安を隠す様にそう言うのが精一杯だった。
そして、俺は自分を抱きしめる葵の腕にそっと手を掛けた。
ほどほどに俺の洋服が乾いた頃、俺は人魚の入り江を後にした。
俺の事を見送る葵を振り返る。
葵は俺が送ると言っても『迎えが来るから』と言って断る。
こうしていつも俺が葵に見送られるのだ。
「ばあちゃん、このスイカ貰って良い?」
俺が台所に置いてあった小ぶりのスイカを指差すと、
「いいけど……希、図書館にスイカ持って行くんかい?」
と不思議そうにばあちゃんはそう言った。
そうだった……人魚の入り江に行っている事を隠す為に隣町の図書館に行ってる事にしてるんだった……。
「あ~うん。ちょっとオヤツに食べようと思って」
「一つ丸々?」
とばあちゃんが目を丸くするが、俺はそれを無視して、
「じゃあ出掛けて来る!」
と外へ飛び出した。
片手にスイカ、片手にバットを持って。
「今日はスイカ割りをしよう」
俺が持って来たスイカを掲げると、葵は嬉しそうに手を叩いた。
「スイカ割りなんて初めて」
と言う葵に、
「俺も」
と笑う。
俺は何となくの知識を総動員させてスイカ割りをセッティングする。
もちろん割るのは葵だ。
「とりあえず、目隠しして。俺が三回体を回すから回し終わったらスイカの方に歩いて行って、思いっ切りバットを振り下ろす。な、簡単だろ?」
「それって公式ルール?」
「知らね。でも大体こんなもんだよ。じゃあ、目隠しするから」
俺はポケットに突っ込んで来たバンダナを葵の目を隠す様に巻いた。
葵の長くて綺麗な髪を巻き込まない様にするのは意外と苦労した。
俺は目隠しされた葵の肩を掴んでゆっくりと三回回す。
葵は既に楽しいのか、口角は上がりっぱなしだった。
「前!前!もうちょっと右……あ!行き過ぎ!」
「え?右って私から見て?それとも希から見て?」
黒のバンダナで目隠しをした葵は、バットを両手で握り、ジリジリとスイカに近寄るが、どうにも俺の誘導が悪いのか、少しずつ左にずれていく。
「葵から見て右!あ、もうちょっと左……あ、やっぱり右!」
「もう!ちゃんと指示してよ!」
と言う葵は膨れっ面をしながらも、とても楽しそうだ。
「そこ!!」
と言う俺の掛け声と共に、葵がバットを思いっ切り振り下ろす。
スイカの物凄く左端にバットが当たる。
綺麗に真っ二つという訳にはいかなかったが、スイカはその赤い果肉をチラリと見せた。
バンダナをずらして
「当たった?!」
と葵は自分の獲物を確認すると、
「あ~もっと綺麗に割りたかったな~!」
と悔しがった。
「初めてでこれなら、合格じゃね?」
と言う俺に、
「自分だって初心者のくせに」
と葵は笑った。