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番外編:結局勝ち負けなんて意味はない・前編

 ーーそれは私がエド特製の惚れ薬を飲んでしばらくたった時の事。


「明日王都へ行きませんか」

「おっ、いいわね! 丁度この近くで買えない薬草の補充したかったのよね~っ」


 近くの街にも薬草を取り扱っている店は何軒かあるが、やはり王都となれば珍しい薬草等も多くある。

 最近行けてなかったし、とお買い物リスト作らなくちゃなんて軽く考えていたのだが。


「一応念のために言っておきますが、これ、初デートですからそのつもりでいてくださいね」


 と、エドに言われてハッとした。


 は、は、初デート……!?

 一緒に買い物なんてよくあるというかほぼ一緒に出掛けていたから今回もそうだと思っていたけど。

 確かに、私達は師匠と弟子から少しバージョンアップしたというか……!!

 お互いの気持ちを確認し合ったというか……!?

 ヤバい、デートなんてどうしたらいいの……っ


 その夜はお買い物リストなんて忘れて慌てて可愛い服を探すルールと、そんなルールを眺めてご満悦なエドがそれぞれ違う意味で眠れぬ夜を過ごしつつデート当日を迎えたのだが。


「エド! 次はあの店の薬草を見に行くわよ!」

「わかりました、さっき買った薬草は俺が持つのでこっちに渡してください」

「いつもありがとうっ」


 ずっと師匠と弟子でいたし、恋人なんてものになったとはいえ師匠と弟子という部分が変わった訳でもない。


 “そりゃ突然何かが変わる訳じゃないわよね”


 安心したような少し残念なような複雑な感情がルールに芽生えたものの……


「ちょっ! これ星忘草じゃない!? 星が全て雲に隠れてる時にだけ咲くっていうなかなかレアなやつ!! こっちは大蜘蛛卵草!! 見た目が蜘蛛に似てるだけの、でもその見た目のせいでなかなか売ってないやつ~!!」


 やっぱり王都は違うわ! と、すぐ目の前の薬草に夢中になってしまった。


「ルール、あの店後で見てもいいですか?」


 とエドに声をかけられたのは、ルールが八軒もハシゴしてかなりの薬草を買い込んだ後で。


「はっ! も、もちろんよ!」


 デートって言うから緊張してたけど、これじゃいつもと同じ買い出しだわ……!

 しまった、と思ったがエドも気にしてなさそうだしデートってこんなもんなのかな、なんて思いつつエドの指差した店を見てドキッとした。


 そこは普段エドもルールも特に用事がないのでスルーしていた可愛い雑貨屋だったからだ。

 若い女の子や恋人同士が仲良く見て回っており、可愛いアクセサリーや髪留めを見て楽しそうにしている。

 もしかしてエド、初デートの記念にってプレゼントしようとしてくれているのかしら……!?


 なんて事を想像し思わず顔に熱が集まった。

 赤くなった頬に気付かれたくなくて、「そういえば買った薬草どこにいったの?」なんて話をそらすが。


「家に転送しましたよ、デートなのに手も繋げないなんて寂しいですからね」


 とエドに手を取られ、思わずボフンと頭から湯気が吹き出す。

 くっ、いつも思うけど転送魔法って送り先が少しでもズレたら大惨事になるからなかなか高度な魔法なのに簡単に使うウチの弟子が優秀過ぎるし、さらっと手を繋がれてほんと何もかも勝てる気がしないんですけどぉーー!!


 改めてこれがデートで自分達が恋人同士なんだと自覚させられ、緊張しながら雑貨屋に入ったルールだったのだが、エドが真っ直ぐ向かったのは可愛いアクセサリーを越えた奥の棚で。


「エド、貴方は何を見てるのかしら」

「可愛い小瓶ですね、ルールに飲んで貰う魔法薬と売り物の魔法薬の瓶が同じだと紛れ込んだ時に困りますからちゃんとしたのが欲しかったんですよ」


 そうあっけらかんと返事が来た。

 だ、か、ら!

 専用の小瓶とかいらないっていうか何度も言ってるけど魔女に魔法薬は効かないんだってばーー!!


 手を繋がれ甘い気持ちに胸をくすぐられたのは一瞬で、いつも通りすぎるエドにスンッと頭が冷えた。

 赤くなった頬から無の表情に戻れたので結果オーライかもしれないが、あんなにデートと強調してきたのはエドのクセに、と散々薬草を買うのに連れ回した事を棚にあげ思わず文句を言う。


「こっ、恋人とのデート中に師匠への実験道具を選ぶなんてちょっとデリカシーが足りないんじゃないかなって思うんだけど。今選ぶべきは本当に小瓶なのかしら」


 わざとらしくむくれ、近くにいた彼女に髪留めを選んでいるらしい彼氏をチラ見しながら言ってみたのだが。


「ルールに装飾品を贈るなら俺が一から作ります。俺以上にルールに似合うものを作れる人なんていませんよ、何年ルールだけを見てきたと思ってるんですか?」


 と甘く微笑みながら顔を覗き込み。


「受け取ってくれるなら、直ぐにでも渡したいですね」


 と繋いでいた左手の薬指をわざとらしく撫でてきて。


「……ッ!!」


 私がこの弟子に勝てるとこなんてやっぱりないのでは?! と思い直させられた。


 真っ赤になってカチコチに固まったルールを見て小さく吹き出したエドは、そんな初心なところも可愛いですよと追い打ちで囁き、小瓶をいくつか購入して二人はその雑貨屋を出る。

 いつも通りだけと全然いつも通りじゃない二人のデートは始まったばかりなのだ。



「一休みしましょうか」


 とエドに声をかけられたのは雑貨屋を出てしばらくたった頃だった。

 その頃には手を繋いで歩く事にもドキドキするが少しは慣れてきていて。


「あ、じゃああのアイス買って広場で食べない?」


 とルールもデートを楽しめるようになってきていた。


 噴水前のベンチで仲良く並びアイスを食べる。


 “アイスって、絶妙に喉も渇くのよね……”


 選んだアイスが思ったより濃厚だったのでそんな事を考えていたら、タイミングよくエドに声をかけられた。


「見た目より味が濃いですね、ルール、喉が渇いてませんか? これ持ってきたので飲んでください」


 と、渡されたこの小瓶は。


「……エド、これは何かしら」

「飲んだ後は俺の顔をしっかり見てくださいね」

「まずはこれが何かを説明してくれるかしら」

「次からは今日買った新しい小瓶にいれますね、今日は使い古しの小瓶ですみません」


 さぁ、どうぞ! と言わんばかりの笑顔で圧力をかけてくるがこれはどう見ても何かの魔法薬じゃない……!!


「飲まないっ! 飲まないけど、この魔法薬が何の魔法薬かは教えなさい!?」

「効かないですよね? よし、飲んでみましょう!」

「効かないってエドも思ってるなら飲ませないで!」

「いえいえ、今度こそ効くかもしれませんから!」

「どっちよ!!」


 小瓶に気を取られていたせいで手に持っていたアイスが溶けたことに気付かず、右手に垂れた感触にビクッとしてしまって。


「「あっ」」


 パシャッと小瓶の中身がルールの服にかかった。

 右手はアイスが溶けてるし服には魔法薬。

 まぁ魔法薬自体は少量だし、かかった部分は幸い目立たない暗めの色だったので気にするほどでもないかと思い、どちらかと言えばアイスがベタつくのでエドにお願いして水魔法で洗い流そうと思ったのだが。


「大変だ、麗しい魔女様。こちらのハンカチでお拭きください」

「新しいアイスを買ってきますので、お名前を教えていただけませんか?」

「あぁ、貴女のように美しい魔女に出会えるなんて!」


「……は、はぁ?」


 突然何人もの男性に囲まれ何故かちやほやされている。

 こういうのはいつもエドの役割だったのに、なんて現実逃避しつつエドをチラッと見ると、エドもポカンとして周りの男性を見ていた。


 ちょっと! そんなにポカンと驚く事なくない?! とは思ったが、この状況が異常なのは明らかで。


「えーっと、大丈夫ですので、その、だ、大丈夫ですので……っ」


 アァーーーッッ!

 モテない女丸出しのしどろもどろな返事しか出来ないぃぃっ!


 助けてエドぉっ! とエドの服を少し引っ張ると、すぐにハッとしたエドが慌てて声を張り上げた。


「ルール! すぐに服を脱いでください!」

「ぬ、脱げる訳ないでしょっ!? ていうか、エドは本当に私がここで脱いでもいい訳!?」

「はぁ!? いい訳ないですよね!? バカなんですか!!」

「エドが脱げって言ったのよ!!」


 混乱が混乱を呼んでいる。

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