焦ったとはいえ、あまりにも突飛なことを口走ったことに気付き、咳払いをひとつする。
だが小姑はこんな事ではもちろん誤魔化されてくれるはずもなく。
ジト目で続きを促され、仕方なく永久就職のくだりを渋々説明をした。
「つまり、護衛という名の婿入りだとでも思ったってことですか?」
「そ、そこまでは言ってないわ」
「でも、もしかしたらもうその仕事から帰って来ないと思ったってことですよね」
「可能性の話をしただけよ」
少し考えた様子のエドが、机に置かれた媚薬を手に取る。
「まぁ、相手がどうあれ例えばこの媚薬とかを護衛対象が誤って飲んでしまったりして、最終的に責任を取るような事がないとは限りませんもんね?」
「!!」
魔法薬は一人前の魔女か魔法使いしか販売は出来ない。が。
もちろん生成すること自体は禁止されていない為、練習で生成した魔法薬を誤って誰かが口にする、なんてこともあり得るかもしれない。
そしてエドの魔法薬は、私が魔女だから効かないだけで一般の……例えば、パン屋の娘さんが飲んだとしたら。
パン屋の娘さんがエドを指名したと言っていた。
もしその誤って飲む行為が、故意的なものだったとしても責任を取るようにエドに迫る可能性だってあるのではないだろうか。
そんな妄想をし、あまりにもその娘さんにもエドにも失礼だと気付き頭を振る。
「エドはそんなミスはしないでしょ」
例え相手が故意に飲もうとしたとしても、エドならその思惑に気付き決してそんな結果にはならないはずだ。
誰より側にいて見てきたからこそそう信じられる。
そう結論付けたルールに驚いたのはむしろエドの方だった。
「ミス、ですか?」
「?」
「俺がわざと飲ませるのではなく、相手の女性が飲む可能性を心配したってことですか?」
「エドが飲ませる……? エドは仕事も出来るし顔も整ってるし、頭もいいし……それにちょっと意地悪だけど優しいのよ? エドのことみんな好きになるに決まってるでしょ」
それはルールには当たり前の事実だったのだが、その言葉にみるみる赤くなるエドに思わず続きの言葉を失ってしまう。
なんてこと、可愛いまで装備してるとかこの弟子……恐ろしい子……!
「当然ルール以外に飲ませる気はありませんのでご安心ください」
「いや、私にも飲ませないでください」
間髪いれず反論するが、いつもの会話すぎるのかエドは完全スルーである。
全然安心出来ない。
「すぐ帰ってきます。俺の家はここですから」
本当は色々言ってやりたいことはあったのだが、そう言って笑うエドの表情があまりにも甘かったので結局何も言えなかった。
「いいですか、薬草畑の水やり、今日はしましたので必要ないですからね。これ以上水やりしたら根腐れするかもしれませんので。それと、作り置きのご飯は一気に食べないようにして下さい。時間も適当にせず、しっかり食べる時間を決めて……」
「わ、わかってる、わかってるから!」
行ってきます、からの注意事項があまりにも多くて慌てて口を挟む。
無理やり押し出すようにしてなんとかエドを護衛に行かせたが、一人になった家はやはり少し寂しい。
でも、一人だからこそ出来ることもあるはずだ。
例えばそう。このエド特製魔法薬だ。
「前に毎日十種類飲ませてるって言ってたわよね……?」
机に置かれてる数々の小瓶を眺めそう呟く。
エドがいない今、自分が何をどれだけ、どのタイミングで飲まされていたのかを確認するチャンスである。
「このチャンスは逃せないわ……!」
魔女の私には効果がないとはいえ、やはり何かわからないものを知らないうちに飲んでいる状況はやはり避けたい訳で。
とりあえず片っ端から瓶のラベルを読むことにしたのだが。
「目覚め薬、これは朝飲まされてるやつね。たまに変な味のがあるのは抗議だと言ってたし、つまり普通の味のも飲まされてるってことか……。後は消化薬、げっ便秘薬もあるじゃない!私の健康管理までしてるの?!」
優秀!! ありがとう!!
でも魔法薬である以上、効果はないってば!
「あ、成分も書いてある、律儀ね……」
魔法薬としては効果はないが、この成分なら薬としてはまぁそれなりの効果はありそう。
サプリメントみたいな感じなのかと成分を確認しながらそう理解する。
一通り見て、ついでだからと魔法分解を試みた。
ちゃんと魔法薬として成り立っているかを確認しなくては売り物として出す訳にはいかないが、自身には効果がない以上魔法で確認するしかない。
その時に効果的な魔法が魔法分解である。
しっかり分解できるならそれは高純度の魔法が成功しており魔法薬として成立している証明になるからだ。
「え、うそエド天才すぎでは?」
思わず口に出てしまったのは仕方ないと思う。
何故ならどの魔法薬もかなりの高純度で質がいいのだ。
これ、私が魔女じゃなかったら本当に神の薬と呼ばれるレベルの完成度なのでは?
そこまで考え、ふと気になったのはある魔法薬の成分。
ポケットから取り出したその小瓶の中身は、もはや私たちの定番中の定番。
媚薬である……!
「こ、この媚薬の効果ってどのくらいのレベルなんだろ……」
昨日エドの笑顔に動揺し飲みそびれた媚薬がポケットに入ったままになっていたのだ。
魔女の私には効かない。とは言えエドは魔女にも効果のある魔法薬作りを目指してる訳で。
そしてこの媚薬はエドから毎日渡されている訳で……
つまり万が一、いや億が一効果が出たら……?
その可能性と、その結果を想像し無意識に生唾を飲んでしまう。
この媚薬の完成度が高ければ高いほど、もしかしたらもしかする可能性がある訳で。
それもエドと私が。
「改めて考えたらとんでもないもの毎日飲んでるな……」
そんな事実に気付き、私から苦笑が漏れる。
効かないとはわかっているが、それでも飲むべき種類のものじゃない。
もしエドじゃなかったら断固拒否一択である。
そこまで考え、なんでエドからのはつい飲んでしまうのかという疑問に到達したが、売り言葉に買い言葉のようだったからとその疑問はそれ以上考えることは止めた。
今知るべきは、この媚薬がどこまでの性能を持っているかの確認だ。
「性能が高ければ高いほど、もし効果が出た場合エドは責任を取る気がある…ってことになる、わよね…?」
魔法薬の起こす“錯覚”は強制的なもので、そして媚薬の持つ“錯覚”は、もはや強制と言っても過言ではないほどの能力を持っている。
その錯覚を無視すれば、今後の生活に支障をきたす程に、だ。
だからこそ高価なのだ。
魔法薬の効果を確認する、それは魔法薬を販売して生計を立てている魔女ルールにとって日常的な行為だったはずなのだが。
「こんなに緊張するなんて」
ふう、と深く深呼吸し、ルールはエドの媚薬に魔法分解をかけた。