基本的にこの世界は平和で、世界が統一してるなんてことはないが戦争真っ只中という訳でもない。
昔は戦闘魔法師なんてものもいたが、現状はのんびり魔法薬を作ったり治癒魔法が得意な者は医者のような仕事をしていたりする。
もちろん魔女・魔法使いだからと全員が治癒魔法を使える訳ではなくて、魔力の性質や本人の性格などにより使える魔法に変動がある。
私は割りと大雑把なので繊細な魔法より一気に何かをするような魔法の方が得意で、例えば大きな光を出すとかだ。
正直これといって便利な魔法ではないが、薬草畑に侵入してきた猪などを追い払うのに適してはいる。
エドは几帳面なところがあるからか繊細な魔法の練り上げも器用にこなしたりする。
水やりも、水分量の微調整が完璧だし薬草畑に感知魔法をかけてそれに引っ掛かったら小さな雷を自動で落とすようなことも出来る。
その結果野生動物が畑に侵入しなくなり、私の得意魔法の使い道は全く無くなった。
別に悲しくなんかはない。断じて。
だが、そんな平和な世の中でも護衛や傭兵として魔女や魔法使いに依頼が入ることもある。
そう、まさに今だ。
「エドワード君に護衛を頼みたいんだが」
「えっ、私じゃなくですか?!」
魔法薬は一人前と認められた魔女や魔法使いが生成したものしか販売は禁止されている。
それは単にお店に並ぶものに効能の差があると困るからという理由だ。
しかし戦闘に関してはその限りではなく、あくまでも依頼主に選択権がある。
「いやぁ、エドワード君が優秀なのは有名だし、それに娘も希望してるんだよ」
「娘さんが……?」
「そうなんだよ。先日街で隣の街のゴロツキが暴れた事があっただろ?」
そういえば、と思い返す。
「もしかして隣の領主の息子さんを振ったのって……」
今回の依頼主であるパン屋の主人が深刻そうな表情で頷く。
「あの時のゴロツキは自警団に捕まったが、どうやらそのゴロツキに絡まれたという事実が目的だったらしいんだ」
「と、いうと?」
「今までもこそこそ付け回されてたみたいなんだがな……。愛する君を守りたい、ととうとう表立って現れるようになったんだ」
「えっ」
それって完全にストーカーじゃない!
嫌がらせが失敗したら、今度はそれを利用して堂々とつきまとい始めたとか……!
あっけらかんと離される内容が思ったよりも切迫していてじわりと私の額に汗が滲む。
確かにこのまま放置は出来ない。
またゴロツキに襲わせ、危ないところを助けたフリをして恩を売りに来たり、また領主の息子の申し出を断り続けたら続けたで腹いせにゴロツキからまた襲われる事も考えられる。
女の子が怯えながら暮らすなんて許せる事ではない、が。
この護衛依頼、“いつまで”なんだろう。
どこかに行く道中の護衛なら、依頼終了がわかりやすいけど……
まさか、領主の息子が諦めるまで、とかじゃないわよね?
そんな考えが私の頭を過る。
ちらっとエドを見るとその視線に気付いたのか一瞬目が合ったが、エドはすぐ依頼主に向き直り質問した。
「護衛方法と期限の区切りはありますか?」
「護衛方法は娘が安全ならやり方は任せたいが、出来れば外出は一緒にいてやって欲しい。期限は、可能なら解決するまでを考えてるのだが……」
「外出時は一緒で、期限は解決までですね」
「へっ!?」
それって、護衛というか恋人みたいな感じじゃない?
エドとデートしてるのを見せつけて諦めさせろ、ついでにゴロツキが来たら倒せって事じゃない?!
思わずそんな結論を弾き出し、慌てて話に割り込もうとしたのだが。
「師匠の許可が出るならお受けします。ただし、方法はこちらに一任していただけるならですが。」
「ふぁ!」
「受けてくれるか!」
「ふぁふぁ!」
「ルール、この依頼受けていいですか?」
顔を覗き込むようにエドに聞かれ、思わず動揺してしまうが、そもそも今回の依頼はルールではなくエドに来ている。
ならば受けるか受けないかも、ルールには口を出す権利がないという事で。
「……えっ、エドが決める事だから」
思わずエドから視線を外しながら、そう答えた。
ふーん、とエドが小さく、しかしルールには聞こえるように呟いた声が耳に届く。
その声が少し責めてるような気がして居心地が悪い。
「わかりました。護衛は、こちらにも準備があるので明日からでよろしいでしょうか?」
「あぁ、それで構わない。もしエドワード君さえ良ければ我が家に泊まれるようにもしておこう」
「ではそのようにお願いします」
「そのようにお願いしますっ?!」
反射的にエドの言葉を繰り返し、選択権は俺にあるんですよね?とエドに仮面のような笑顔で言い返され怯む。
そんな私達のやり取りを全く気にせず、パン屋の主人は帰っていった。
それからのエドは素早かった。
簡単に荷物を用意し、常温でも食べれるご飯を何食も用意し保存魔法をかけた。
小さな小瓶を何本も用意し、効能と使用時間をそれぞれラベルに書き込む。
薬草畑の手入れもしっかりし、いつも以上に入念に家中の掃除もした。
そしてその工程全てにルールを連れていき、これはああする、あれはそうすると口酸っぱく何度も説明する。
「全てを完璧にこなせるとは思っていませんが、俺の10分の1くらいは出来ますよね?」
という嫌みのような念押しのおまけ付きだ。
くっ、この完璧イケメン小姑め……!
一通り準備を終えたエドが、先ほどラベルをつけたものとは別の一本の小瓶を差し出してきた。
「いつものね」
「はい、いつものです。ですがこれが最後の媚薬です」
最後の、という単語に思わず慌ててしまう。
「ま、まさか護衛にいったっきり帰ってくるつもりはないということ?!」
恋人みたいな、どころではない。もしやこのまま永久就職なんて考えて……?!
そんな結論に辿り着きエドの腕をひしっと掴むと、何故かエドの方がぎょっとした顔を私に向けた。
「は、はい? さすがに話の展開についていけなかったので説明して欲しいんですけどっ?!」