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3.そんな攻防は望んでない

 その日は珍しく大事な話があるとエドに言われたので、促されるまま私達はテーブルを挟んで向かい合う。


「エド……?」

 そのエドの真剣な表情に思わず生唾を飲んでしまったのだが。


 コトン。


 置かれたソレは。


「エド、もしかしてもしかしなくても、ソレは。」

「媚薬です」


 だ、か、ら!

 魔女の私に魔法薬は効かないって言って……え?


「び、媚薬……?」


 いや、媚薬も魔法薬なんだけど。

 え、え? なんで媚薬?


 真剣な表情で置かれた媚薬を思わずまじまじと見てしまう。


「えーっと、この間の瓶と違うわね?」

「あ、小瓶はいくつあっても足りないので洗って使い回してるんですよ」


 あ、だからこの間の瓶と違うのか。


「毎日ルールには十種類くらい飲んでもらってるんですけど」

「十種類?!」


 聞いてない!! いつの間に?!


「さすがにコレは許可がないと飲ませる訳にはいかないかな、と思いまして……」

「媚薬じゃなくても許可取って! というかそもそも飲まさないで!」


 後で十種類の詳細も聞かなくちゃ、と少し青ざめる。

 本当この弟子怖すぎるっ!


「ていうか、なんでそもそも媚薬を……?」

 魔法薬が効かないのはわかっているが、だからと言って飲みたいものでもない。

 というか普通に飲みたくない。効いても効かなくても飲みたくない。


「この間の媚薬はルールを苦しませるだけだったので、改良しました」


 改良とかせんでいい。

 とにかく本当に何がなんでも飲みたくない。


「あのね、媚薬ってのはそもそもホイホイ飲ませるようなものではないのよ?」

「安心してください、大丈夫です」


 何が?!

 何ひとつ安心できないんですけど?!


 さぁ! と小瓶をこちらに渡すエドに「飲みません」と、その小瓶を押し返すようにして返品する。


「飲んでください」

「飲みません」

「そこをなんとか」

 そんな無意味な攻防が何分くらい続いたのか。


「だったらエドが飲みなさいよっ!」


 全く折れる気配のなかったエドに、叫ぶように思わず口走る。

 そんな私を少し驚いたように見たエドは、真剣な表情でごくりと喉を上下させた。


「本当に俺が飲んでもいいんですか?」


 その想定外の返答に思わず口ごもってしまう。


「ルールは、本当に俺が飲んでもいいと思ってます?」

「え? や、え?」


 な、なに? 何かまずった?


 エドのその真剣な表情に少し怯む。

 そんな私を見て小さくため息を吐くエド。


「ルールがいいなら、俺が飲むのは構いません」

「だ、だったらエドが飲めばいいじゃない、どうせ魔法使いには効かないわ」


 改良した、と言っていたししつこく飲まそうとしたくらいだから効能はともかく体には安全な成分で出来ているのだろう。……だよね?


「でも俺は、魔女や魔法使いにも効く魔法薬を作りたいんですよ」

「何度も言ってるけど理屈の理論がある以上効きっこないわ」

「理は絶対じゃないはずです。もしかしたらこれが最初の1本になるかもしれません」


 その媚薬が最初の1本に…?

 あまりにも真剣な表情のエドに釣られて、思わず私も真剣な表情になる。


「本当に俺が飲んでもいいんですね?」


 もしかしたら効くかもしれない1本目の媚薬を、エドが飲む……?


「ルール、俺は男なんですよ。もしこの媚薬が魔法使いにも効く1本目になったとして……本当に俺が飲んでもいいんですね?」


 どんなに言われても媚薬が魔法薬である以上効かない。効きっこない。

 けど、万が一エドに効いたら?

 その時はどうなるの……?


 ごくりと本日二度目の生唾を飲む。


 その時ルールは、飲むか飲まないか、ではなくどっちが飲むか、に話がすり替えられていることに気付かなかった。

 そして気付かぬまま決断した。


「わ、私が、飲むわ……」


 べ、別に万が一、いや億が一効果があった時の保険って訳じゃないけど!

 エドが飲むより私の方がその、少し人生の先輩だし?

 だから、だから……!


 精一杯自分に言い訳し、えぇい! と一気にその小瓶を煽って飲み干す。

 味も改良してあるのか、少し甘いが不快な甘さではなく、どちらかというとフルーツに近い味がした。


 そして。


「る、ルール、どう、ですか?」

「……そうね、これは……」


 エドが真剣に見つめてくる。

 そんな顔で見られても、私はこれでも師匠なのでしっかり言わなくてはならない。


「ジュースに限りなく近いお酒ね」


 というか、ただの果実酒じゃないの? これ。


「そうですか……」


 私の返答を聞き明らかに項垂れるエド。


「前回は無理やり体をその、そういう時に近い状態にもっていく事を優先してしまい苦しませてしまったので、今回は安全を考慮しお酒に酔った時をイメージして作ったのですが…」

「結果は普通に果実酒作っちゃっただけになったのね…。ま、まぁこれは私が魔女だからであって、一般市場に流すことを考えると安全成分の媚薬とか誰かを貶める目的ではなく恋人同士のマンネリ防止のような形で売り出せるしいいんじゃないかしら?」



 それは私なりの精一杯のフォローだった。

 いや、普通に売れそうでもあるが。


「恋人同士……?」


 だがどうやらエドには別の部分が気になったらしく、少し考えるように黙った彼がさっきとは打って変わりにこやかな笑顔を浮かべた。


「そう、ですね……。えぇ、俺、これからも作り続けます!」

「えっ?!」

「だからルール、毎日飲んでください!」

「えぇえっ?!」


 なんだかとんでもない約束を無理やりされてしまったような気がしなくもない。

 だがまぁこの果実酒は結構美味しいし、魔女に魔法薬は効かない。

 媚薬を飲み続けるというのはちょっとおかしくもあるが、美味しい果実酒を毎日嗜むと考えればそれは特別不自然ではないのかもしれないと思えて来た。


 一種の現実逃避かもしれないが。だがその現実逃避としか思えない結論で自分を無理矢理納得させることにする。


 その日から毎日エドに媚薬を飲まされることになるだなんて、その時のルールはまだ知らない。



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