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2.実行力があるのは素晴らしいが時と場合と相手を考えて欲しい

「と、とりあえずベッドに行きましょう」


 私の体を支えて寝室へ向かう階段に足をかけたエドは、そのまま階段をのぼらず停止した。


「?」


 はっはっと浅い呼吸を繰り返しながら、エドを見上げる。


「……さっ、先に言いますけど! 決して何もしませんから!」

「は?」

「いや、ルールが望むならもちろん俺としてはやぶさかではないですが! じゃなくて! その、呼吸も浅いし体が凄く熱いから、だからその、ベッドの方が休まるかなって思って連れていくだけですので!」


 あぁ、なるほど。

 媚薬を飲んだ場合に起こる症状とその解決策を心配してるのか。

 バカだなぁ、こういうところが可愛いのだが。

 いつも少し大人びて見えるエドが焦ってる顔を見て、なんともいえない満足感が胸を満たす。

 私は、魔法薬の効かない魔女だって何度も言っているのになぁ……。


「安心しなさい、エド。媚薬は魔法薬、魔法部分の“錯覚”は起こってないわ、私の症状は呼吸困難と発熱よ」


 体が熱くなり、酸素量を減らして判断も鈍らせ、まるでそういう時の欲求だと“錯覚”させるのが媚薬なのだから、魔女の私に残るのは酸素量低下による呼吸困難と発熱だけである。


「…………」


 シン……と一瞬静まった空気は、ザァッと見るからに青ざめたエドをより強調した。


「呼吸困難……?! そ、それヤバいやつじゃないですか! すぐにベッドに連れていきます! 解熱剤もすぐ取ってくるので!!」

「うわっ?!」


 焦ったエドは私の膝裏に腕を入れそのまま慌てて階段を上がりベッドに寝かせてくれた。

 そしてダッシュで解熱剤を取りに階段を降りていった。


 さっきのって……

 俗に言う、お、お姫様抱っこ…ってやつ、よね?


「ひぃやっ!」


 はじめてされた!!

 恥ずかしい…けど、余韻に浸る暇もないくらい一瞬だった。


「エド、いつの間にあんなこと出来るようになったの…?」


 結構胸板厚かった! くっ、でも弟子相手に余韻も何もない! でも、あぁあっ!


「ルール!解熱剤です!」


 一人思い出しては照れるを繰り返していた時、解熱剤を持ったエドが部屋に飛び込んできた。

 その表情は真っ赤な私とは正反対に真っ青で、なんだかそれが面白く感じて小さく笑ってしまう。


「これで熱は下がると思いますが、呼吸困難はどうしたら…っ、はっ!魔法でルールの周りに酸素を凝縮させて濃い酸素層を作るのはどうですか?」

「ちょっと、そんな大袈裟なことしないでいいっていうかそんな魔法使えるの?!天才過ぎない?!」


 それ爆薬と合わせたらとんでもない兵器になりうるんですけど?!

 てか逆に酸素のない層も作れるってことじゃない?

 やめてよ怖い!私の弟子怖い!!


「ルール、すみません……こんなつもりじゃ」


 でも、心底苦しそうに謝るエドはやっぱり私の可愛い弟子なのだ。

 不安そうにしているエドにデコピンをひとつ。


「呼吸困難って言っても段々治ってきてるし、今は高い山で走った後くらいのものだから大丈夫よ。もうすぐ治るわ」


 そう言って笑うと、やっと少し安心したらしいエドも笑い返してくれた。

 何か欲しいものはありますか、と聞かれたので冷たい水が欲しいと伝えるとすぐに少しレモンを搾った水を持ってきてくれる。

 何かあればすぐに呼ぶ事を約束し、そのまま少し寝かせて貰うことにしたのだが。


「そういえば、なんでエドは媚薬なんて作ったの……?」


 なんかワンチャンがどうとか言っていた気がしなくもない、が。


 ぶるっと体を震わし考えるのをやめた。

 人には触れない方がいい事があるのだ。

 それに媚薬は魔法薬界でも高額商品。そして貴族様方によく売れる。

 作れて損は、まぁ、ないし。うん。

 私は問題から目を反らしそう納得することにした。触らぬ神に祟りなしである。



「んん……?」


 額に何か触れて目を覚ます。


「あ、起こしましたか? すみません」


 触れてるのは熱を測ろうとしたエドの手のひらだった。


「いや、大丈夫。すっかり呼吸も落ち着いたしそろそろ起きるわ」

「一応お粥出来てますが食べれそうですか?」

「風邪引いた訳じゃないんだから私の胃腸は絶好調よ?」


 でも、と少し暗い表情のエド。色んな魔法薬を勝手に飲ませてくるくせに、人一倍心配してくるんだから。


 魔法薬のおかげで怪我や病気が治る。

 あくまでも“錯覚”が引き起こすものではあるが、実際に致命傷や不治の病でも治る事もあるのは、通常では超越出来ないレベルでの自己治癒力の向上によるものだ。

 だからこそ魔法薬は優秀で求められ続けてきた。


 そして、その能力の恩恵にあやかれない私達魔女や魔法使いは、いざという時に頼る薬がないのも事実。

 だからこそエドは魔女達にも効く魔法薬を作りたいと試みているのだろう。

 その志しは素晴らしいと思う。

 でもね、エド……


「心配なので、これ飲んでください」


 コト、と置かれた小瓶を見た私は、嫌な予感からじわりと背に汗をかいた。


「……エド、これは何?」

「胃腸を整える魔法薬です。煎じたトカゲの尻尾と内臓を活性化させるハーブで作っているのでご安心を!」

「だから魔法薬は効かないってば!!」


 お願いだから師匠の私を実験台にしないでよぉ!!

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