魔女狩りなんてのは遠い昔。
今では普通に街で暮らしている者もいるほど認知されている、そんな時代。
魔女や魔法使いになるのに血は関係なく、師匠から受け継ぐ知識や技術と薬を生成する少しの才能があればなれる。
しかしその数が少ない理由は魔女・魔法使いと名乗るには必ず師匠から認められなくてはならないから。
あと、単純に志望者が少ないことも関係している。
そんな不人気職…というと師匠に怒られるが、私の師匠である先代魔女から『魔女・ルールリア』と名乗る事を許されて早八年。
今年で二十四歳になる魔女こと私、ルールリアにも数年前から弟子がいる。
「ルール!薬草の手入れと補充、洗濯に魔法書の整頓も終わりました。昼食の準備も終わっていますので、そろそろ起きてもらえますかね?ルールの部屋の掃除が終われば家中の掃除も終わるんですけど」
「…んんっ、眩しい、目に染みるぅ…」
弟子のエドワードがシャッと部屋のカーテンを勢いよく開ける。太陽光が目に痛い。
眩しくて目は開かないが、「どうぞ」と何かを渡されたので反射的に飲む。
「んぐ?!」
思わずむせた私の背中をさするように叩くエドに、これは何かと尋ねたら表情ひとつ変えず口を開いた。
「目覚めの薬ですね。栄養ドリンクみたいなもので、気付けの薬草と生姜などを混ぜて作った魔法薬です」
「まずいし変なニオイもするんだけどっ」
「今何時だと思ってます?抗議の意味も兼ねて味とニオイは中和させないように作りました」
くっ、わざとか…。抗議とか言われると、確かに身の回りのこと全部させてこんな昼過ぎまで寝こけていたので何も言い返せない。が。
一応エドの師匠として、昨日も一昨日も言ったが何度でも言わなくてはならないことがある。
「エド。何度も言ってるけどね、魔法薬ってのは魔女や魔法使いには効果はないの。目覚めの魔法薬を作っても、魔法薬である以上効果はないわ。もちろん薬草の成分自体は効くから全くのゼロとは言わないけれどね」
「でもルールは今しっかり目覚め覚醒していると思いますが」
「味が!とんでもなかったからよ!!」
こんなマズイものを飲めば誰でも泣きながら目覚めるわ!
「とりあえず今日もダメだったことはわかりました。そして掃除がしたいのでご飯食べに行ってください」
平然とそう言われしぶしぶ自分の寝室から出る。
エドが私の家に押し掛けるようにして弟子になってからもう六年。
十二歳だった可愛いエドは、薬草畑の仕事のせいかほどよく筋肉のついた体と気付けばすっかり抜かされた背丈。髪色は黒に近い焦げ茶であまり目立ちこそしないがその瞳は深い海色で、師匠の欲目もあるかもしれないがイケメンに成長したと思う。
そう、イケメンの小姑に、だ。
「育て方を間違えたか…?」
「ルールの好きなチーズたっぷりサンドですが、チーズが冷え固まりますよ」
ドアの前で恨めしく見ていた事に気付いたエドにため息まじりにそう告げられ、慌ててダイニングへ向かう。
小姑じゃない、これは普通にお母さんかもしれない。
机の上には好物のチーズサンドとオニオンスープが置かれており、「冷え固まる」と言っていたがちゃんと保温の魔法もかけられていた。
持続魔法は繊細な魔法で、それを掃除をしながらも継続させられるエドはかなり優秀と言える。
物覚えもよく、教えた魔法は勝手に応用するし、いつでも一人立ちできる能力を既に持っているのだが……
「魔法薬の理論が伝わらないのよねぇ…」
魔法薬とは飲めば万能、死した者すら蘇らせる。…なんてものはファンタジーで実際はそんな代物ではない。
厳密に言えば魔法の力でそれに近いことは出来るが、それはあくまでも魔法。
魔法薬とは、「人の潜在能力を引き出し錯覚の力によって適した効果を増長させる薬」である。
風邪を治す魔法薬を常人が飲めば、脳が「治った」と“錯覚”し、平常時の行動が出来るようになるのだ。
もちろんただ錯覚させている訳ではなく、ちゃんと症状に合った薬でもあるので、しっかり身体的にも回復する。
その薬部分も“錯覚”の力で何倍もの効果を発揮する。
もちろん魔法薬といえば定番の『惚れ薬』なんてものもある。
こちらは、飲んだ瞬間“恋”を錯覚させ“思い込ませる”ことで効果を発揮する。
そして魔女・魔法使いになる為の少しの才能という部分は、その魔法薬を『理解できるか』という部分にかかってくる。
どういう理屈かわかっていても本質の理解をしていない限りその錯覚からは逃れられないので、理屈を知っていても魔法薬の効果は出る。
だが、魔女や魔法使いは“理屈を理解”できるからこそ“薬を生成”でき、“理屈を理解”しているからこそ『魔法薬が効かない』のだ。
風邪の時に魔法風邪薬を飲んでも普通の風邪薬だし、惚れ薬を飲んでも動悸が一時的に速くなるだけ。
細かい理屈はこの際いい。
魔法薬は魔女に効かない。これを何故かエドが理解してくれないことが問題なのだ。
「なんでことあるごとに魔法薬を飲ませてくるんだろ……」
最早エドの奇行と言ってもいいその行動は、今朝の目覚めの薬だけでなく色んな場面で様々な魔法薬を出す。
そのせいで一人前の魔法使いとして世に送り出す事が出来ず今日も一緒に暮らしている。
「はぁ~あ…」
「ため息ですか。幸せが逃げますよ」
私の部屋掃除を終えたエドが戻ってきてコップをふたつ机に置き目の前に座る。
「ミルク?」
「はい、今朝の絞りたてです。氷魔法で冷やしてますのでお気に召すかと」
そう言われてコップを覗くが氷なんて入ってない。
不思議そうな私の顔に気付いたらしいエドが「大気の水分をコップの周りで凍らしそのコップを冷やしてるんです。氷を作りミルクを冷やすと溶けてミルクが薄くなり美味しくなくなりますから」と、しれっと解説してくれたのだが。
「大気の水分をコップの周りで凍らす発想がまず天才じゃない?そして味を損ないようにの気遣いとそれを実現出来る繊細な魔法の組み上げとか…それ天才通り越して才能の無駄遣いがすごいわ」
思わずそう伝えると、クスッと小さく笑ったエドに頭を撫でられた。
「あのさ、一応師匠は私なの。わかってるわよね?」
「師匠ということは理解していますよ」
えっ! 絶対嘘じゃん! 子供扱いしかされてないんだけど!!
やっぱり私はお母さんを育ててしまってる!
思わず口を尖らせた私を見て楽しそうに笑うエドが、まぁ年相応でちょっと可愛いからこの抗議はしないことにして、ミルクを一気に飲んだ。
魔法薬の理解は置いておいて、その他大部分で優秀すぎる弟子のエドワードはもしかしたらもう師匠の私よりも実力をつけているかもしれないけれど。
「エドが一人前になるのはまだ先のようね」
「こちらもまだ実験…じゃなくて野望があるので都合いいです」
「実験?! てか野望?! ちょっと不穏な言葉が不穏な言葉で上書きされたんだけどっ」
どういうことなの、と慌てる私を見て作り物すぎる爽やかな笑顔をひとつ。
「お皿洗ってきますね」
エドはお皿とまだ冷たい空のコップを持って台所に消えるのだった。