「ローズマリー……」
セラヴィを奪っておいて、姿をみせるとは思わなかったアンジェリカは目を見開いた。
「ローズマリー! ここまで来るなんて大丈夫なのか? 具合の方はどうなのだ?」
チャールズが心配そうにローズマリーに声をかける。
自分の時とは全く違う態度が違うチャールズの態度に、密かにアンジェリカの心は傷つく。
「大丈夫よ。お父様、悪阻も殆ど治まったし、お腹の方も大丈夫だから」
まだあまり目立たない自分のお腹をさすりながら、ローズマリーはアンジェリカに視線を移し……まるで勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「お姉様。お久しぶりですね」
「え、ええ……久しぶり……」
本当は口も聞きたくはなかった。今すぐここから逃げ出したい気持ちで一杯だったが、チャールズが見ている前で勝手な行動は出来ない。
「お姉様、セラヴィ様から聞いたわ。せっかくパーティードレスをプレゼントしてもらったのに着なかったのですって? それどころかパートナーになることを拒んで帰ってしまったそうじゃないですか」
「だって、それは……!」
反論しようと思った矢先、アンジェリカの背筋が凍る。
何故ならチャールズがまるで視線だけで射殺せそうな鋭い瞳で睨みつけていたからだ。
「それは? 一体何ですか?」
「いえ……何でも無い……わ」
「とにかく、今後の為にもセラヴィ様とトラブルは起こさないで下さいね。何しろお姉さまはセラヴィ様の婚約者を演じて貰わなければならないのですから」
「演じる……?」
その言葉にアンジェリカは反応した。
「演じるってどういうことなの? だって……セラヴィと結婚するのはローズマリーなのでしょう? 私はもう……婚約破棄されたのだから」
「ああ、そうだ。ただし、表向きは違う。アンジェリカよ。お前はこのままセラヴィの婚約者を演じ続けるのだ。ローズマリーが出産するまでな」
「え……? 出産するまでって……?」
アンジェリカは一瞬何を言われているか分からなかった。
「お姉様、考えても見て? 私はまだ16歳、成人年齢に達していないのよ? それなのに妊娠したとなったら世間体が悪いでしょう? ブライアント家に傷がつくような真似はしたくないのよ」
「そうだ。それにヴァレンシア家ではセラヴィがローズマリーを妊娠させたことを知らないのだ。何とかして欲しいと2人で私に訴えてきたのだよ。そこで可愛いローズマリーの悩みを解決する為に考えたのがアンジェリカ。お前だ」
チャールズはアンジェリカを指さした。
「ど、どういうことでしょうか……?」
未だにアンジェリカは状況が掴めなかった。するとローズマリーは呆れたように肩をすくめる。
「本当にお姉様って鈍い人ね。まだ分からないのかしら? つまり、この子供が産まれたら、世間にはお姉様が産んだ子供だと公表させてもらうってことよ」
その言葉に耳を疑う。
「私が産んだことにするって……そんな! 酷いわ!」
「黙れ! 口答えするな!」
パンッ!
部屋に乾いた音が響き渡る。チャールズがアンジェリカの頬を叩いたのだ。
叩かれたはずみでアンジェリカの細い身体は飛ばされ、床に倒れこむ。
「うっ……」
痛みと衝撃で立ち上がることが出来ずにいるとチャールズに髪を掴まれ、グイッと上を向かされた。
「いいか、お前はセラヴィという婚約者がいながら浮気をし、他の男との間に子供を成したと世間に発表する。お前は何一つ取り柄が無いのだから、せめて美しい妹の役に立つことをしてみるのだ。分かったか!」
チャールズは鋭い声で言い放った――