アンジェリカを乗せた馬車がブライトン家に到着した。
もう二度と屋敷に入らないように命令されていたので、アンジェリカは裏口に周って貰うように頼んで降ろして貰った。
「あの……こちらは裏口のようですが、本当にここでよろしいのですか?」
ドレス姿で裏口から帰ろうとするアンジェリカを不思議に思い、御者は遠慮がちに尋ねてきた。
「はい、こちらで大丈夫です。それでおいくらになりますか?」
「700カレンになります」
アンジェリカは御者に代金を払い、馬車が走り去って行くとため息をついた。
「皆……私がこんなに早く帰ってきたら驚くでしょうね……」
しかし、こんなドレス姿ではどこにも行き場が無い。
再び小さくため息をつくと、アンジェリカは木戸を開けて中へと入って行った――
その頃。
ヘレナはアンジェリカの為に洋服を作っていた。
これは高校卒業祝いのプレゼントであり、アンジェリカには内緒で、毎日少しずつ作業を進めていたのだ。
「後は裾のフリルを付ければ完成ね」
この洋服を目にした時のアンジェリカを思い浮かべ、口元に笑みを浮かべた時。
「アンジェリカ様ではありませんか! もうお帰りになられたのですか!?」
突然廊下でクルトの驚く声が聞こえてきた。
「え!? アンジェリカ様が!?」
壁に掛けられた時計を見ると、時間は13時を少し過ぎたところだった。
卒業パーティーは17時に終わると聞いていたヘレナは驚いた。
「きっとアンジェリカ様に何かあったに違いないわ!」
バスケットの中に仕上げ途中の服を隠すと、急ぎ足でアンジェリカを迎えに行った。
「あ、ヘレナ。ただいま」
現れたヘレナにアンジェリカは笑顔を向ける。
「アンジェリカ様、随分お早いお帰りでしたね。一体何が……!」
ヘレナの言葉が途中で詰まる。何故ならアンジェリカは酷いなりをしていたからだ。
セットした髪はほつれ、疲れ切った表情を浮かべている。
そして何より目を引いたのはアンジェリカの腕に鬱血した痣が出来ていたからだ。
「い、一体どうなさったのですか!? 何かあったのですか!?」
「アンジェリカ様。私が迎えに行く予定でしたよね? 学校で何があったのですか?」
ヘレナとクルトが交互に尋ねる。
「あの……それが……今日、セラヴィに会ったのよ」
隠していてもしょうがないと思ったアンジェリカは、今日あった出来事を全て報告することにした――
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――15時
「そうでしたか。そんなことがあったのですね……」
アンジェリカの部屋で話を聞き終えたヘレナがため息をついた。
「ええ、まさかセラヴィがあんな人だとは思わなかったわ」
ドレスから普段着に着替えたアンジェリカはお茶を飲むと頷く。
「けれど、こんな言い方をしては何ですが婚約が破棄になってむしろ良かったのではありませんか? そのような方と結婚すれば、不幸になるだけですから。かえって良かったのですよ」
ヘレナはアンジェリカを元気づける。
「……そうね」
頷くものの、それでもまだアンジェリカは心の何処かで期待していた。本当は何かの間違いで、また元の優しいセラヴィに戻ってもう一度婚約を願い出てくれるのではないかと。
初めての恋を簡単に諦めることが出来なかったのだ。
黙って俯く姿に、ヘレナはアンジェリカが何を考えているか気づいていた。
(お気の毒なアンジェリカ様……まだ完全にセラヴィ様を忘れることが出来ないのね)
そこで、わざと明るい声を出した。
「アンジェリカ様。今日は卒業をお祝いして、エルに御馳走を用意して貰うことにしましょう?」
「本当? 嬉しいわ」
笑顔になるアンジェリカ。
けれど……再び辛い出来事が彼女を待ち受けていた――