「だ、誰だ!?」
セラヴィは抗議する為、振り返った。
するとマントを羽織った騎士が立っていた。帽子を目深に被っており、顔を見ることはできない。
「な、何だよ。お前は……」
突然現れた騎士にセラヴィは後退る。けれど、未だにアンジェリカの手首は握りしめている。
「その女性の手を離せ、嫌がっているだろう?」
騎士は低い声でセラヴィに言う。
「うるさい! 部外者は黙っていろよ! この女は俺の婚約者なんだから!」
「嘘よ! 違うわ!」
必死で叫ぶアンジェリカ。
「何が違うんだよ!」
「元、婚約者でしょう!? 貴方は私と婚約破棄したじゃない!」
「婚約破棄……?」
騎士が口の中で小さく呟く。しかし、その声はセラヴィとアンジェリカの耳には届かない。
「黙ってろよ!」
セラヴィは怒鳴りつけると騎士に向き直った。
「とにかく、関係ない奴は口出しするな!」
「いや、関係なくはないな」
騎士は首を振る。
「何が関係ないんだよ!」
「俺は今日、この学園の警備を任されている。何か問題が起きないように見張るのも仕事だ。女性に乱暴な振舞を行う者を看過することなど出来ない」
その騎士の言葉にアンジェリカは希望を見出した。
(この方なら……私を助けてくれるはず)
そこでアンジェリカは声を上げた。
「お願いです! 助けて!」
「この……っ! 黙ってろって言ってるだろう!?」
カッとなったセラヴィは空いている手を振り上げた。
(叩かれる!)
思わず恐怖でアンジェリカは目を閉じた時。
バキッ!
激しい音が鳴り響き、セラヴィが悲鳴を上げた。
「グアッ!」
その途端、アンジェリカの腕が解放される。
「……?」
恐る恐る目を開けてみると、頬を押さえて地面に倒れこんでいるセラヴィの姿があった。
「セ、セラヴィ!?」
セラヴィの右頬が赤く腫れている。
「くそっ!! お前、俺が誰か分かってるのか!?」
セラヴィの家は伯爵家の中でも名家であり、有名だった。学園長にも顔が利いている。
「あぁ、当然知っている。セラヴィ・ヴァレンシア伯爵だろう?」
騎士は頷き、何故かアンジェリカの方に顔を向ける。
「な、何だと!? 分かっていて……」
文句を言うためにセラヴィは立ち上がり、自分が周囲の注目を浴びていることに気付いた。
「おめでたい卒業パーティーで騒ぎを起こすなんて……」
「自業自得だな」
「あんなに乱暴な人だったのね……」
「あの女性、婚約破棄されて正解よ」
学生たちの非難の目がセラヴィに集中する。
それは人一倍自尊心の強い彼にとっては屈辱的だった。
「く、くそっ! 覚えていろよ! お前のことは忘れないからな!」
そして次にアンジェリカに視線を向ける。
「……」
憎しみを向けた目で睨みつけられ、アンジェリカの肩が跳ねる。
「覚えておけ! 俺が婚約破棄を決めたのは、お前のせいだからな!」
セラヴィは吐き捨てるように言うと、その場を去って行った。
「セラヴィ……」
呆然と去って行く背中を見つめるアンジェリカ。
(どうしてなの? セラヴィ……私が一体何をしたっていうの……?)
そのとき。
「あの、大丈夫ですか?」
突然騎士が尋ねてきた。
「あ……は、はい。大丈夫です。助けて頂き、ありがとうございます」
頭を下げてアンジェリカは礼を述べる。
「怪我はされていませんか?」
「はい、怪我はしておりません」
「なら、良かったです。……すみません。まだ警備の仕事があるのでここから動くことが出来ないのですが、どうぞお気をつけてお帰り下さい」
そして一礼すると騎士は去って行った。
「……帰りましょう」
アンジェリカは正門に向けて再び歩き出した。
こうして心に深い傷を負ったまま……アンジェリカは高校を卒業したのだった――