「離して! セラヴィッ! どうして私があなたのパートナーにならなければいけないの!?」
こんなに自分のことを怒っているのに、ましてや自分を裏切ってローズマリーを身籠らせた相手がパートナーになるなんて耐えられなかった。
「うるさい! お前は黙って俺のパートナーになっていればいいんだよ! お前だって相手がいなければ困るだろう!?」
「私は卒業パーティーに参加するつもりは無いわ! 家に帰るつもりだったのだから! お願いだから放して!」
するとセラヴィが足を止めて振り返った。その顔はとても険しく、アンジェリカは悲鳴が洩れそうになった。
「お前……今、何て言った? 帰るつもりだったって?」
ドスの利いた声で尋ねられ、恐怖で声が出てこない。
(怖い……セラヴィって……本当はこんな人だったの……? )
もはや完全に別人と化したセラヴィ。今迄セラヴィと過ごしてきた時間は夢だったのではないだろうかと思わせるほどだ。
「答えろよ! 本当に帰るつもりだったのか!?」
「そ、そうよ!」
震えながらも、何とか返事をする。
「……そんなこと、絶対に許さないぞ。お前は俺に恥をかかせるつもりなのか? 1人で会場に入れるはず無いだろう!?」
「だ、だったら……私では無くローズマリーをパートナーにすればよかったでしょう? まだそんなにお腹だって目立っていないでしょうから!」
「はぁ!? お前、本気でそんなこと言ってるのか!? 身重の彼女にダンスなど踊れるはず無いだろう! ローズマリーの身に何かあったら責任とれるのか!? やっぱりお前はそういう女だったんだな!」
この言葉は決定打だった。
「そういう女って……どういう意味なの……?」
「口で言わなければ分からないのか? ローズマリーは言っていたぞ? お前には散々嫌がらせをされたってな。妾の子供だと言ってあざ笑っていたそうじゃないか?」
「そ、そんなこと、私一度も言っていないわ……」
それは耳を疑うような話だった。けれどセラヴィは鼻で笑う。
「とぼけたって無駄だ。ブライトン家の使用人達だって全員口を揃えて同じことを言っていたぞ? 大体ローズマリーが妾の子供のはずは無いだろう!? 元々伯爵とイザベラ夫人は恋人同士だったそうじゃないか! それをお前の母親が奪っただけのことだろう!」
(酷い……! そんな言い方するなんて……!)
けれど、もうアンジェリカは何も言い返す気力が無かった。どうせ何を言っても信じてくれないのなら話しても無駄だ。
それどころか、余計火に油を注ぐ様なものだ。
だけど、パートナーになるのだけは絶対にいやだった。ローズマリーと関係を持ち、一方的に婚約を破棄してきた相手と、どうして踊れるだろう。
「もう……どう思われたっていいわ。でも……あなたのパートナーだけは絶対にいやよ!」
「何だって!? こっちは、そんなみすぼらしいドレスのお前に我慢してパートナーにしてやろうっていうのに!」
もはや、2人の口論は大勢の学生たちの注目の的だった。
「何あれ……?」
「いくら何でも酷すぎる」
「彼女が可哀そうだわ……」
「か弱い女性に……何て男だ!」
学生たちは非難の目を向けている。
「くそっ! お前のせいで俺が悪者にされているだろう!? 早く来い!」
グイッと乱暴に腕を引くセルヴィ。
「痛い! やめてっ!」
アンジェリカが叫んだ時。
「いい加減にしろっ!」
鋭い声が背後で響き渡った――