「大丈夫だった? アンジェリカ」
講堂近くまで来たところで、アナは足を止めて振り返った。
今日のアナは目も覚めるような美しいレモンイエローのドレスを着ている。ドレスの所々にはウェスト部分には大きなリボンが付いていた。脇から裾部分までフリルがたっぷりあしらわれて、見るからに高級そうなドレスである。
「ありがとう、アナ。おかげで助かったわ。そのドレス、似合っているわ。とても綺麗よ?」
「そ、そう? ありがとう。アンジェリカもそのドレス、とても素敵よ。落ち着いた貴女にぴったりだわ」
お世辞かもしれないけれど、アンジェリカは嬉しかった。
アナは少しの間、アンジェリカを見つめると言った。
「それにしてもヴェロニカさんはいつまでアンジェリカに絡んでくるつもりかしら。本当にやめて欲しいわ。あんなに性格が悪いから、いまだに婚約者が見つからな……あ! ご、ごめんなさい。私、その……そんなつもりで言ったんじゃないのよ?」
失言したと思ったアナは必死で弁明する。
アナはセラヴィのことを何一つ聞いてくることは無かったが、それとなく感づいていたのだ。
「いいのよ、アナ。私の方こそごめんなさい。……今迄何も貴女に相談しなくて……」
俯くアンジェリカ。
「そんなこと気にしないで? 誰だって話しにくいことだってあるでしょうし。とりあえず、講堂の中に入ってお話しましょう?」
「ええ、そうね」
アンジェリカとアナは講堂へ向かった……。
講堂の中は既に多くの卒業生たちで溢れかえっていた。
誰もが鮮やかなカラードレスを着ているので、その光景は圧巻だった。
アンジェリカとアナは空いている席に並んで座ると、早速話を始めた。
「ねぇ、アンジェリカ。卒業式の後は、パーティー会場へ移動するけど……どうするの?」
心配そうにアナが尋ねる。
「私……出来れば参加したくないわ。だって式場へ入場するときは、必ずパートナーを連れて入らなければならないのでしょう?」
卒業パーティーのメインイベントはダンスだ。
それぞれ、ダンスの相手を伴って入場することが習わしとなっている。婚約者同士や、恋人同士。
もしくは親族や従者がパートナーになる。
けれどパートナーになるには貴族であることが必須条件だった。
セラヴィがパートナーになるのは絶望的だった。かといって、父チャールズがパートナーになるはずもない。
クルトやロキは貴族では無いので、アンジェリカのパートナーにはなれないのである。
「卒業式が終わったら……1人で辻馬車でも拾って帰ろうかしら」
ポツリと言うと、アナが慌てた。
「え? ちょ、ちょっと待って。1人で帰るって……まさかそのドレス姿で辻馬車を拾うつもりなの?」
「……おかしいかしら?」
「おかしいに決まっているわよ! それに、卒業パーティーは高校生活最後のイベントなのよ? 参加しましょうよ。1人で入場するのがイヤって言うなら……私も1人で入場するから!」
「え!? いくら何でもそれは駄目よ! 婚約者はどうするのよ?」
「彼は……彼には悪いけど、1人で入場してもらうわ!」
「ええっ!? それこそ駄目よ! どうか、婚約者と一緒にパーティー会場に入って。お願い!」
アンジェリカはアナに必死で頼み込み……式が始まる直前、ようやくアナは頷いてくれたのだった――