憂鬱な気持ちのまま、馬車は学園の正門前に到着した。
「アンジェリカ様、到着しました」
クルトが扉を開けて姿を現す。
「ええ、ありがとう」
憂鬱な気持ちを悟られないようにアンジェリカは笑顔で馬車から降りた。
「それではパーティーが終わる頃に、学園の馬繋場でお待ちしておりますね」
「分かったわ。よろしくね」
クルトは頷くと、再び馬車を走らせて去って行った。
その様子を見届けていると、不意に背後から声をかけられた。
「あら? その後姿……もしかしてアンジェリカさんじゃないの?」
「え?」
驚いて振り向くと、そこには黄金色に輝く一際豪華なドレスを着たヴェロニカの姿がある。取り巻の女子学生たちも一緒だ。
「あ……ごきげんよう、ヴェロニカさん」
お辞儀をして挨拶すると、ヴェロニカはまるで値踏みするかのようにアンジェリカを上から下までジロジロ見渡す。
「アンジェリカさん。もしかして今日は間違えたドレスを着てしまったのかしら?」
「え?」
一体何を言っているのか分からず、首を傾げる。
「いえ、どう見てもちょっとした普段着用のドレスにしか見えなかったから間違えたのかと思ってね。だって、今日は高等部最後の卒業式とパーティーが行われるのに……そんな貧相なドレスを着てくるはず無いと思って」
「!」
その言葉に、アンジェリカはカッとなった。本当は一言、何か言いたかったが相手は侯爵令嬢。どうあっても言い返せる立場では無かった。
「それに、乗って来た馬車も馬も貧相だったわ。ま、そのドレスにはお似合いだったかもしれないけれど」
「……」
何処までもズケズケ言ってくるヴェロニカの言葉をアンジェリカは唇を結んで耐えた。
(駄目よ……我慢するのよ。どうせ、今日でヴェロニカさんとはお別れなのだから)
けれどヴェロニカはアンジェリカが無反応な事が気に入らない。そこで、ある話を思いついた。
「そう言えばアンジェリカさん、あなた今日のパートナーはちゃんといるのよね?」
「え?」
思いもよらない質問に、アンジェリカの顔色が変わる。
「噂によると、アンジェリカさん……ここ最近ずっと婚約者と会っていないそうじゃない。もしかしてあの貧相な馬車やドレスに理由があるんじゃないかしら?」
ヴェロニカは単なる嫌がらせのつもりで言っているのだが、全て的を射ていた。
「そ、それ……は……」
「あら? やだ。ひょっとしてその通りだったの?」
ヴェロニカの話に、彼女の取り巻たちがクスクス笑う。
「ねぇ、この際だから本当のこと言いなさいよ。やっぱり……」
その時。
「アンジェリカ! ここにいたのね!」
ミントグリーンのドレスを着たアナが駆け寄ってきた。
「アナ……!」
「良かった、随分探したのよ? 見つからなかったらどうしようかと思ったわ。早く講堂へ行きましょう」
アナがアンジェリカの腕を掴む。
「ちょ、ちょっとアナさん! 今私はアンジェリカさんとお話ししていたのよ!? 失礼じゃなくて!?」
ヴェロニカが憤慨する。
「それは失礼しました。でも、アンジェリカは私の親友なので連れて行きます。さ、行きましょう?」
「え、ええ……」
アナに手を引かれて歩きだす。
「何処へ行くのよ! 待ちなさいってば! 聞こえないの!?」
大声で叫ぶヴェロニカと取り巻たちをその場に残して――