父チャールズから残酷な現実を突きつけられたアンジェリカ。
信じていたセラヴィの裏切りはアンジェリカの身も心もボロボロに傷付けた。しかしアンジェリカは周囲の人たちを心配させない為、何事も無かったかのように気丈に振舞った。
それでも悲しみでどうしても泣きたくなったときはベッドの中でピロウに顔を押し付け、1人声を殺して泣くのだった。
そして心の傷が癒えないまま……ついに卒業式を迎えた——
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—―5月末日
今日はアンジェリカの卒業式の日だった。
「アンジェリカ様、そのドレスとても良くお似合いですよ」
鏡の前に座るアンジェリカの髪をブラシで整えながらヘレナが笑顔で話しかける。
アンジェリカが着ているドレスは水色のフレアードレス。胸元にはリボンをあしらい、裾部分には金糸の美しい刺繍が施されている。
「ありがとう、ヘレナ。でも私の為に皆でこのドレスを買わせてしまって、本当に心苦しいわ」
実は今アンジェリカが着ているドレスは、この離れで働く使用人達全員でお金を出し合って作ったドレスだった。しかし1着作るだけでもかなりの高額。そこでなるべく費用を抑えたシンプルなデザインのドレスを作り、装飾品や刺繍はヘレナが自分で施したのだ。
「そんなこと気になさらないで下さい。皆アンジェリカ様が好きなのですよ。これは私たちからの卒業プレゼントだと思って、受け取ってください」
「ありがとう、ヘレナ」
アンジェリカは鏡の中でニコリと笑った——
アンジェリカがヘレナと一緒にエントランスへ行ってみると、使用人全員が集まっていた。
「まぁ、アンジェリカ様! すごくお綺麗です。とてもお似合いですよ」
ドレス姿のアンジェリカを見て、真っ先に声をあげた。
「本当にお綺麗です」
「良くお似合いですよ」
クルト、ロキが次に声をかけてきた。
「ありがとう皆。私、このドレスを一生の宝物にするわ」
アンジェリカは笑顔で答える。
このドレスは、他のパーティードレスと比べて随分と質素だった。けれど、アンジェリカにとって、このドレスは世界一素敵なドレスだったのだ。
「では、参りましょうか。アンジェリカ様」
御者を勤めるクルトが尋ねてくる。
「ええ。行きましょう」
馬車に乗り込んだアンジェリカは皆に見送られながら、学校へ向けて出発した。
「ふぅ……憂鬱だわ」
揺れる馬車の中でアンジェリカはため息をついた。
ヘレナ達の前では笑顔で振舞っていたが、本当は気が重くて仕方が無かったのだ。
その理由は卒業式後のパーティーだった。
卒業パーティーでは女子学部と男子学部の合同で、盛大なダンスパーティーが開催されることになっている。
卒業生たちは互いにパートナーを伴って、会場に入場することが決まりになっているのだ。
婚約者同士や、恋人同士。もしくはこの日の為だけに急遽パートナーを組んだ生徒達もいる。
本来であれば、アンジェリカの相手は当然セラヴィであるはずなのだが……。
「セラヴィはどうするのかしら……まさか身重のローズマリーと一緒に参加するのかしら?」
ダンスパーティーのパートナーは別に生徒同士でなくてはならないという決まりはない。部外者がパートナーでも大丈夫なのだ。
「パートナーがいない参加者なんて……多分私だけでしょうね」
不安な気持ちが思わず口をついて出てしまう。
アンジェリカはセラヴィが自分の元から去ってしまっても、卒業パーティーのギリギリまで自分の所に戻ってくれるのを待っていた。
けれど卒業を目前に控えた段階で父から告げられた残酷な現実。
新しくパートナーを見つける時間も無かったし、何より不可能だった。
何故なら、アンジェリカがセラヴィと婚約しているのを周囲は知っている。
その為、他の誰かにパートナーになってもらうことを頼むことが出来なかった。
「セレナたちには悪いけど……卒業パーティーに参加するのは気が重いわ……」
アンジェリカは再び深いため息をついた——