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第5章 3 残酷な話

 2人が親しい様子は、離れに暮らすアンジェリカの耳にも何となく伝わっていた。

けれど……。


「ローズマリーがセラヴィの子供を妊娠している……? それって……本当の話ですか?」


「お前はひょっとして私が嘘をついているとでも思っているのか? ローズマリーは今4か月目に入ったところで、悪阻が酷くてベッドに伏している状態だ」


「!」

「そんな……!」


あまりの話にアンジェリカは言葉を失い、ヘレナは悲痛な声を上げる。


(2人の仲睦まじい話は聞いていたけれど……まさか妊娠したなんて……)


アンジェリカの身体がショックで震える。


「しかし、困ったものだ。ローズマリーはまだ16歳だというのに……セラヴィも何てことをしてくれたのだろう。これもお前がしっかりセラヴィの心を掴んでいなかったせいではないか?」


あまりの言い分に、ヘレナはもう黙っていることが出来なかった。


「旦那様! 何を仰っているのですか!? アンジェリカ様がセラヴィ様との連絡が途絶えてしまったのは、この離れに来たことが原因なのですよ!? 邸宅の使用人達がセラヴィ様を取り次いでくれなかったから、このようなことになってしまったのです!」


「何だと!? 私はそんな話は知らん! 使用人達が勝手にしたことだろう!」


チャールズとヘレナが言いあっているが、アンジェリカはもうそれどころではなかった。


(ひょっとしてセラヴィは……私が身体の関係を拒んだから、ローズマリーを選んだというの……?)


アンジェリカとセラヴィは婚約者でもあり、恋人のような関係であったが、キス迄しかしたことはなかった。セラヴィはそれ以上の関係を望んでいた節はあったものの、アンジェリカはケジメをつけたかった。

身体を重ねるのは結婚してから……純潔のまま式を挙げたかったからだ。


「おい! 聞いているのか、アンジェリカ!」


不意に名前を呼ばれ、アンジェリカは我に返った。


「は、はい。お父様、申し訳ございません……」


「いいか? ローズマリーが妊娠してしまった以上、お前とセラヴィとの婚約は無効、代わりにローズマリーがセラヴィと結婚することになる。もうこれは決定事項だからな!」


「分かりました……」


あまりのショックでアンジェリカの思考は麻痺していた。


「後これだけは言っておく。いいかアンジェリカよ。ローズマリーは未婚の上にまだ16歳だ。このような醜聞、決して世間に知られるわけにはいかん。くれぐれも他言無用だぞ。もし誰かに言おうものなら、この離れにも住めなくなると思え!」


「……はい。お父様」


ここを追い出されれば、アンジェリカの行く場所は無い。


「用件はそれだけだ」


そしてチャールズはヘレナが淹れた紅茶を口にし……。


「な、何だ!?」


ガチャッ! 


乱暴にティーカップを皿の上に置き、ヘレナに怒鳴りつけた。


「貴様! よくもこんな不味い茶を出し追って! どういうつもりだ!」


「恐れ入りますが私どもの財力では、旦那様の満足いくお茶をお出しすることは出来ません。町に行って、一番安い茶葉を購入しておりますので」


「それでも来客用の茶葉位用意出来るだろう!?」


「いいえ、生憎そのような余裕は一切ございません。それにこの離れに移り住んでからというもの、訪ねてこられた方はローズマリー様と旦那様だけでございますから。来るとも分からないお客様の為に高級茶葉を用意することなど無理です」


ヘレナは一歩も引かない。


「な、何だと……使用人のくせに、生意気な口を叩きおって……! もう二度と来るものか!」


チャールズは乱暴に立ち上がると、大股で部屋を出て行った。

すると、突然アンジェリカは糸の切れた操り人形のように椅子に崩れ落ちてしまった。


「アンジェリカ様! 大丈夫ですか!?」


ヘレナが慌てて駆け寄り、抱き起した。


「だ、大丈夫よ……ヘレナ……」


「ですが……」


「お父様の話がショックだっただけだから……」


青ざめた顔に無理に笑顔を作る。


「……確かにそうですよね。まさかセラヴィ様とローズマリー様が……そんな関係になっているなんて。私でさえショックだったのだから、アンジェリカ様は尚更だったでしょう?」


するとアンジェリカは小さく頷く。


「セラヴィがローズマリーだけに会いに来ていたことは知っていたから……何となく予感はしていたけれども……まさか、そんな関係だったなんて……」


セラヴィの酷い裏切りに絶望するアンジェリカ。唯一の希望だったセラヴィは、もう二度と自分の元に戻ってくることはない。

今にも胸が張り裂けそうなほど辛かったが、ニアのことを思うと泣けなかった。自分のせいで追い払われたあの日から泣かないと決めたのだから。


「アンジェリカ様……」


打ちひしがれるアンジェリカに、ヘレナはかける言葉が見つからなかった。


「私ができることは……セラヴィのことを忘れて、ローズマリーが元気な赤ちゃんを産むのを祈るだけなのね……」


(さよなら、セラヴィ)


アンジェリカは心の中で愛するセラヴィに別れを告げた。



そして……この後更なる悲劇がアンジェリカを襲う――




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