結局19時を過ぎてもニアが離れに戻ってくることは無く、医者が来ることも無かった。
そこで心配になったヘレナ。
様子を伺わせるためにクルトを屋敷に向かわせ、厨房にエルとロキを集めて3人で話をしていた。
「本当にニアはどうしてしまったのかしら。一向に戻って来る気配は無いし、お医者様だってまだ来ないわ……」
ヘレナは不安そうな表情を浮かべる。
「そうですね。でもクルトが屋敷に様子を見に行ってますから状況が分かるでしょう。あいつは地味で目立っていなかったから、離れで働いていることだって気付かれていないはずですよ」
ロキは言うものの、内心ヘレナ同様不安だった
「だといいけど……」
「ところで、ヘレナさん。アンジェリカ様のお身体の具合はどうなのですか?」
エルが話題を変える。
「ええ。それが今はすっかり身体の調子が良くなったのよ。きっと、あなたのお陰よ。具合の悪いアンジェリカ様でも食べられる食事を提供してくれたから。ありがとう、エル」
「そんな、お礼なんて結構ですよ。料理人として、アンジェリカ様の為に当然のことをしたまでですから。でも風邪が治って本当に良かったです」
「アンジェリカ様は今、部屋で何をしているんです?」
ロキが尋ねた。
「お食事後、またベッドで休まれているわ。明日は学校に行きたいとお話されていたから」
ヘレナが答えたそのとき。
「大変です! ヘレナ様!」
屋敷に行っていたクルトが慌てた様子で厨房に飛び込んできた。
その様子にヘレナは嫌な予感を抱く。
「どうしたの!? 何かあったの!?」
「はい、それが……ニアさんが屋敷に入った罪で旦那様に鞭打ちの刑を受けたそうです!その後は荷馬車乗せられて実家に追い返されてしまったとのことです!」
「な、何ですって!?」
アンジェリカが生まれた時からずっと一緒にいたニアはヘレナにとって頼もしい仲間だった。その彼女が追い出されてしまったことに衝撃を受ける。
「そんな……!」
「ニアさん……」
エルもロキも顔が青ざめている。
「それだけではありません……旦那様は離れに医者を呼ぶのも禁じたそうです。『我が家の電話を使って医者を呼ぶなど図々しい』と言って……」
「何てことなの……旦那様は酷すぎるわ!! アンジェリカ様がどうなってもいいと言うの!?」
ヘレナは唇を噛みしめた。
「ヘレナさん、アンジェリカ様にニアさんのこと、どう伝えるつもりですか?」
「まさか、本当のことを言うつもりじゃ……」
ロキとクルトが交互に尋ねる。
「言えるはず無いわ。アンジェリカ様には……そうね、ニアの家族から連絡が入って、突然実家に戻らなければならなくなったと嘘をつくしかないわね……これ以上、アンジェリカ様を悲しませるわけにはいかないもの。あなたたちもいいわね?」
「「「はい」」」
ヘレナの提案に頷く3人
けれど彼らはみんな気付いていない。物陰からアンジェリカが話を聞いていたことを。
「そ、そんな……ニアが……私のせいで……ごめんなさい、ニア……」
アンジェリカの目から涙がこぼれ落ちる。
(皆が私を悲しませない為に嘘をついてくれている……だったら、もうこれ以上泣かないようにしないと。私の為に、ここを追い出されてしまったニアの為にも……)
ニアがいなくなってしまったこの日。
人前で泣くのは、もうやめようとアンジェリカは心に誓うのだった——