食事を終えると、アンジェリカは再び眠気に襲われた。
(お医者様はいつ頃来るのかしら……?)
そんなことを考えながらウトウトしていたとき。
突然扉が開かれ、大きな声が響き渡った。
「お姉様、風邪を引いたのですって?」
驚いて目を開けると、ローズマリーがこちらに近付いて来る。
「え……? ローズマリー……?」
ベッドから身体を起こすと、今度は慌てた様子のヘレナが部屋に駆けこんできた。
「何をなさっているのですか!? アンジェリカ様は風邪を引いていらっしゃるのですよ!」
「ええ、分かっているわ。だから来たのよ。具合はどうかしら? お姉様?」
ローズマリーはベッドへ近づき、一定の距離を空けると立ち止まった。
「まだあまり具合は良くないけれど……どうして私が風邪を引いていると分かったの?」
「それはお姉様付きのメイドが邸宅でお医者様に電話をかけているのを他のメイドが見て知らせてくれたのよ。それでお姉様が風邪を引いていることを知ったの」
「そうだったの……それでお見舞いに来てくれたのね? ありがとう」
ローズマリーに母から貰った部屋を奪われてしまったけれども、見舞い来てくれたことが嬉しくて、礼を述べ……アンジェリカはあることに気付いた。
(あら? そう言えばローズマリーが着ている服……どこかで見覚えが……)
けれど、熱のせいで思考力があまり働かない。するとローズマリーは辺りを見渡すと言った。
「それにしても、随分貧相なところに住んでいたのね。驚いたわ。どんな家なのか前から気になっていたのだけど……これなら、いらないわね」
「え?」
アンジェリカは耳を疑った。
「まぁ! 具合が悪いアンジェリカ様に、何てことを言うのですか!?」
ヘレナが怒って咎めると、ローズマリーが言い返した。
「使用人の分際で言い返すなんて随分生意気ね。いいのかしら? 私がお父様に言いつければ、クビにされるかもしれないわよ?」
「なっ……!」
ヘレナは顔を真っ赤にさせるも、口を閉ざした。するとローズマリーは口元に笑みを浮かべ、再びアンジェリカに話しかけた。
「お姉様はもう屋敷に出入り禁止になったはずですよね? それって、お姉様についた使用人達も同じことだと思いません? なのに、何故お姉様の使用人が我が家に来て電話を使うのでしょう? それっておかしいですよね?」
「え……?」
アンジェリカの顔が青ざめる。
「ま、まさか……ローズマリー。あなたがここへ来たのって……?」
するとローズマリーはわざとらしく肩をすくめた。
「ええ、そうですよ。お見舞いに来たのではなく、忠告に来たのです。お姉様の使用人達も、もう二度と我が家に足を踏み入れないようにと。今回はお姉様が風邪を引いているということで、大目に見てあげますけど……次は無いですからね」
「わ、分かったわ……もう使用人達にも屋敷へ行かないように伝えるわ……」
傷付きながらも返事をする。
けれど、それだけで終わりでは無かった。
「ところでお姉様。このドレス、見覚えがあるとは思いませんか?」
ローズマリーはスカートの両端をつまんだ。訝しく思いながら、アンジェリカはその様子をじっと見つめ……気が付いた。
「あ……ま、まさかそのドレスは……」
「どうやら気付いたようですね? そうです、セラヴィ様がお姉様にプレゼントしてくれたドレスですよ。お姉さまったら、全部置いて行くのですもの。そんなにドレスが気に入らなかったのかしら? こんなに素敵なのに」
「ち、違うわ! いきなり追い出されてしまったから……セラヴィがプレゼントしてくれたドレスを持って行けなかっただけよ!」
すると、ローズマリーは困惑の表情を浮かべた。
「あら、そうだったのですか? 私ったらてっきり、セラヴィ様の選んだドレスが気に入らなかったのだと思って、そう伝えてしまったのよ。セラヴィ様は酷く悲しげな顔をされていたわ」
「な、何ですって……」
アンジェリカの顔から血の気が引く。
「まぁ! 何てことでしょう!」
ヘレナも悲痛の声を上げた。
「酷い……どうしてそんな嘘をついたの……?」
耐え切れず、泣きながらアンジェリカは尋ねた。
「あら? 私を責めるつもりですか? でもセラヴィ様がくれたドレスを置いて行かれたからではありませんか。あんなに残されていれば、誰だっていらないのだと普通は思いますよ」
少しも悪びれることなく笑顔で答えるローズマリー。
「そんな……だからって……」
涙を流すアンジェリカに動じることなく、ローズマリーは続ける。
「用件も伝えたことだし、そろそろ行きますね。あまり長い事ここにいたら風邪がうつってしまうかもしれないので。それじゃ先程の件、きちんと守ってくださいね? ごきげんよう」
言いたいことだけ告げると、ローズマリーは軽やかな足取りで部屋を出て行った。
悲しみに打ちひしがれるアンジェリカと、怒りで身を震わせるヘレナを残して——