アンジェリカは夢を見ていた。
夢の中でアンジェリカはセラヴィと公園でデートを楽しんでいる。
『アンジェリカ、2人でボートに乗ってみないか?』
大きな池の前にやって来るとセラヴィがボートを指さし、アンジェリカは笑顔で頷いた。
『ええ、乗ってみたいわ』
『よし、それじゃ乗ろう』
2人でボート乗り場に来ると先にセラヴィが乗り込み、手を差し出してくれる。
『手に掴まって』
その手を掴もうとしたとき、突然脇から別の手が伸びてきた。
『え?』
驚いて振り向くと、いつの間にかローズマリーがセラヴィの手を取っていたのだ。
『おいで、ローズマリー』
『ええ、セラヴィ様』
笑顔でローズマリーはボートに乗り込むと、そのままセラヴィの胸に身体を預ける。
『え? セ、セラヴィ……? 何をしているの? 私をボートに乗せてくれるんじゃないの……?』
尋ねる声が震える。
けれどセラヴィはアンジェリカの声が聞こえないのか、見向きもせずにローズマリーを抱きしめた。
『愛してるよ、ローズマリー』
『私もセラヴィ様を愛しています』
2人は固く抱き合い……顔を寄せ合うとアンジェリカの目の前でキスをした。
『イヤアアアッ! お願い! やめて!』
あまりの光景にアンジェリカは悲鳴を上げた。
2人はアンジェリカの声が届かないのか、増々情熱的なキスを交わし続け……やがてボートがゆっくりと動き始める。
『待って! 行かないでセラヴィ! ローズマリー……やめて……お願いだから。他の物は何でもあげる。だから……どうかセラヴィを返してっ!』
しかしアンジェリカの訴えも虚しく、ボートは遠ざかっていき……霧の中に消えて行ってしまった。
『セラヴィーッ! お願い、戻ってきて! 私を置いて行かないでーっ!』
前も見えない真っ白な霧の中……アンジェリカは涙を流しながら叫び続けた——
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「あ……」
不意にアンジェリカは目が覚めた。
「夢だったのね……」
ポツリと呟き、頬がひきつるのを感じた。
「?」
不思議に思って頬に触れると、涙の乾いた跡がある。
「涙……」
(私、夢の中で泣いていたのね。そう言えば、頭がズキズキ痛むわ……)
ベッドから起き上がろうとしたとき。
「ウッ!」
先程よりも強い頭痛が起こり、思わず呻く。
「酷い頭痛……それに何だか寒気がするわ……」
時計を見ると、時刻はもうすぐ7時になるところだった。
「ヘレナは今、忙しいかしら……」
その時。
「おはようございます、アンジェリカ様」
扉が開かれ、ヘレナが姿を現した。
「おはよう、ヘレナ……」
ベッドの中で弱々しく返事をすると、異変を感じ取ったヘレナがすぐに駆け寄って来た。
「アンジェリカ様? どうなさったのですか? 具合が悪いのですか? 赤い顔をしていますよ?」
「赤い顔……? それは分からなかったわ。……でも頭が痛くて……」
「頭が痛いのですか?」
「ええ。それに寒気もするし……」
「まさか……!」
ハッとしたヘレナはアンジェリカの額に手を置いた。
「熱い……熱があるよです。風邪を引かれたのですわ」
「風邪を……?」
風邪と聞いた途端、急激に具合が悪化していくように感じられる。
「ええ、今日は学校をお休みして、安静になさってください。今、頭を冷やす濡れタオルを
用意してきますので」
ヘレナはそれだけ告げると、慌ただしく部屋を出て行った。
パタパタと遠ざかって行くヘレナの足音を聞きながら……再び、アンジェリカは眠りに就くのだった——