—―23時
ニアが自室で就寝準備をしていると、ノック音と共にヘレナの声が聞こえてきた。
『ニア、ちょっといいかしら?』
「はい、どうぞ」
返事をすると扉が開き、寝間着姿のヘレナが現れた。
「夜分にごめんなさいね。少し話したいことがあって。もしかしてもう寝るところだったかしら?」
「いいえ、大丈夫です。どうぞお入り下さい」
「ありがとう」
ヘレナに椅子をすすめ、自分も向かい側に座ると早速尋ねた。
「アンジェリカ様はお休みになられましたか?」
「ええ。つい先ほどね。でもお可哀そうに……暫くの間、泣いていたわ」
「私……ちゃんとセラヴィ様にアンジェリカ様からのメモを渡したのですけど……」
「勿論分かっているわ。あなたを疑ったりしていないから安心して。それでセラヴィ様はどんな様子だったのかしら?」
悲しむアンジェリカに殆ど付き添っていた為、ヘレナは詳しい話を聞かされていなかったのだ。
「はい。それが……セラヴィ様は、とても楽し気にローズマリー様とお話しておりました。そしてお2人でまた演奏会に行く約束をされていました。誘っていたのはセラヴィ様です」
申し訳無い気持ちを込めながらニアは答えた。
「そう……やっぱりね」
ため息をつきながら、ヘレナは右手で額を抑える。
「セラヴィ様が、こちらにいらっしゃらないので嫌な予感はしていたけれども……まさか、自らローズマリー様を誘っていたとは思わなかったわ」
「……申し訳ございません」
「え? 何故あなたが謝るのかしら?」
項垂れるニアに、ヘレナは首を傾げた。
「それは私がセラヴィ様を説得できなかったからです……」
「いいえ、あなたのせいじゃないわ。だってローズマリー様の前でセラヴィ様にメモを渡せたのでしょう? とてもではないけれど、私には出来そうにないもの」
「ヘレナ様……」
「初めはローズマリー様の手前、離れに来られないのかと思っていたけれども、セラヴィ様が自ら次の外出を誘っていたということよね? そう考えると……」
ニアは息を飲んで、次の言葉を待つ。
「セラヴィ様はローズマリー様に心変わりしてしまったのかもしれないわね」
「そ、そんな……! 心変わりなんて……!」
青ざめるニアにヘレナは諭すように言う。
「でも、まだそうと決まったわけでは無いわ。もしかするとセラヴィ様は社交辞令のつもりで言っただけかもしれないし……」
「ヘレナ様、どうしましょう?」
「もう少しだけ、様子をみましょう。ひょっとすると、私の思い過ごしの可能性もあるから」
「そうですね、セラヴィ様に直接何か言われたわけではありませんから」
「ええ、その通り。だからこの話は、私たち2人だけの秘密よ。これ以上、アンジェリカ様を不安な気持ちにさせるわけにはいかないもの」
「分かりました」
ニアは大きく頷く。
「アンジェリカ様が笑顔でいられるよう、私たちで何とかしましょう?」
「はい、ヘレナ様!」
その後……2人は日付が変わるまで、今後についての話し合いを続けた——