――20時
小さなダイニングルームには料理人のエル、それにフットマンのクルトにロキがテーブルの周りに集まっていた。
テーブルには料理が残されたままだった。
「それで、結局アンジェリカ様は一切食事に手を付けられなかったのか?」
すっかり冷めてしまった料理を見つめているクルトがぽつりと言った。
「ええ、そうなのよ。食欲が無いからって、折角用意して貰ったのにごめんなさいと謝られたの。……お可哀そうに。余程泣いたのでしょうね。目が真っ赤だったわ」
エルがため息をつく。
「一体セラヴィ様はどうしてしまわれたのだ? あれ程アンジェリカ様を大切にしていらしたのに……急に手の平を返したかのように冷たい態度を取るなんて」
悔しそうにロキは拳を握りしめる。
「だけど相手は貴族だ。俺たちが尋ねるわけにもいかないしな……」
クルトの言葉に2人は頷く。
「ロキ、クルト。食材を無駄にするわけにはいかないから料理を食べてくれるかしら?」
エルの提案に、2人が頷いたのは言うまでもない――
****
――その頃
アンジェリカは自室で、窓を開けて夜空をぼんやりと眺めていた。
(あなたに会いたかったのに……どうして来てくれなかったの……?)
「セラヴィ……」
ポツリと愛しい人の名を口にした時、アンジェリカの入浴準備をするためにヘレナが部屋に現れた。
「失礼いたします。入浴の用意を……え? まぁ! アンジェリカ様!」
窓を開け放して星空を見つめているアンジェリカにヘレナは慌てて駆け寄った。
「アンジェリカ様、窓を開けているなんてどうなさったのですか? 風邪を引いてしまうかもしれませんよ」
窓を閉めながら、窘めるヘレナ。
「……星を眺めていたの……」
アンジェリカは今にも消え入りそうな小さな声で返事をした。
「星ですか? でもまだ夜は冷えるので控えた方がよろしいですよ。今だって、こんなに夜風で身体が冷たくなっているではありませんか」
ヘレナはすっかり身体が冷えてしまったアンジェリカの手を握りしめた。
「ごめんなさい……ヘレナ」
「アンジェリカ様。星を眺めていたのは何か理由でもあったのですか?」
生まれた時からずっと母親代わりとして傍にいるヘレナ。どうしてもアンジェリカの心の
内が知りたかった。
「セラヴィも……もしかすると星を眺めているのではないかと思って見ていたの。空は全ての場所と繋がっているから……」
涙ぐみながら語るアンジェリカ。その姿はあまりに悲し気で、見ていられないほどだった。
「アンジェリカ様!」
ヘレナはアンジェリカを強く抱きしめると、髪を撫でた。
「ヘレナ……お父様から嫌われている私にとってセラヴィは希望だったの……いつか、私をここから連れ出してくれる人だと、ずっと信じていたのに……。もう私……嫌われてしまったのかしら……?」
悲し気にすすり泣く。
「大丈夫です、アンジェリカ様。私は何があっても、ずっとお傍におります。決して一人になどさせませんから」
「ありがとう……ヘレナ。大好きよ」
「ええ。私もアンジェリカ様が大好きです」
ヘレナはアンジェリカが泣き止むまで、抱きしめるのだった——