――その頃。
アンジェリカは不安な気持ちのまま、自室でニアの帰りを待っていた。
「ニアは無事にセラヴィに手紙を渡せたかしら……」
「大丈夫ですよ、アンジェリカ様。ニアならきっとうまくやってくれるはずです。彼女を信じて待ちましょう。紅茶をもう1杯いかがですか?」
一緒に帰りを待つヘレナが声をかけるも、アンジェリカは首を振る。
「いいえ、いらないわ。何だか胸が一杯なのよ」
「アンジェリカ様……」
「だからセラヴィが来てくれた時、一緒にお茶を飲もうかと思うの。だから今はいいわ」
ヘレナを心配させない為、無理に笑顔を浮かべるアンジェリカ。
「ええ、そうですね。私もそれがよろしいかと思います。ではニアの帰りを……」
そのとき。
「アンジェリカ様! ただいま戻りました」
興奮した様子でニアが戻って来た。
「お帰りなさい、ヘレナ!」
「無事にセラヴィ様にメモを渡せたの?」
ニアの帰りを待ちわびていたアンジェリカとセレナは交互に尋ねる。
「はい、無事に渡すことが出来ました。お茶をお出しするときにさりげなくティーカップの皿の下に挟んだのです。そうすればローズマリー様にメモが見つからないと思って……あ」
そこまで言ったニアは失言したと思い、口を閉ざした。
何故ならアンジェリカの顔には悲しげな表情が浮かんでいたからだ。
「そう……やっぱりセラヴィはローズマリーと一緒に居たのね。2人は何処で話をしていたのかしら?」
「あ、あの……サンルームで、です」
「サンルーム……」
ポツリと呟く。
アンジェリカは花が大好きだった。美しい花々が咲いている姿をサンルームで眺めるのは素敵な時間だった。
寒い冬でも、あの場所は温かくアンジェリカを迎えてくれた。
セラヴィと何度、一緒の時間を過ごした事だろう。恋人同士の優しい時間、花々に見守られながら幾度となく交わした愛の言葉に甘いキス……。
それらが父の放った言葉のせいで、一瞬のうちに全て奪われてしまったのだ。
『二度とこの屋敷には足を踏み入れるな! 分かったか!』
父、チャールズに浴びせられた怒声がアンジェリカの耳に蘇る。
「私、もう二度とあのサンルームに入ることが出来ないのね……」
それどころか、屋敷に入ることすら禁じられたのだ。
再び辛い気持ちが蘇ってくる。
するとヘレナがアンジェリカの気持ちを察して声をかけてきた。
「大丈夫ですよ、アンジェリカ様。確かにもうサンルームに行くことは出来ないかもしれませんが、この離れにサンルームを造りましょう。早速明日から私が腕の良い職人を探します」
「そうですよ。あのお屋敷よりも素敵なサンルームを造ってもらいましょう。そこでまたセラヴィ様をお招きすれば良いではありませんか?」
「ヘレナ……ニア。ありがとう。早速セラヴィが来たら、この話をするわ」
少しだけアンジェリカは元気が出てきた。
「ええ、そうですよ。それではセラヴィ様がいついらしても大丈夫なように準備をしておきましょうね」
「分かったわ」
ヘレナの言葉に頷くアンジェリカ。
早速3人はセラヴィを招く準備を始めた。
ニアはお茶の用意をし、ヘレナはアンジェリカがより魅力的に見えるように身支度を手伝った。
しかし……この日セラヴィがアンジェリカの元を訪ねることは……無かった――