厨房へやって来るとニアは辺りを見渡した。
夕食時間が迫っている時間でもあり、中はまるで戦場のように慌ただしかった。
時折、料理長が料理人達に指示する大声も聞こえてくる。
(皆、忙しそうにしているわね。誰に尋ねようかしら?)
厨房の隅でジャガイモの皮を向いている料理人に気付き、ニアは声をかけることにした。
「すみません。セラヴィ様とローズマリー様にお持ちするお茶とお菓子を取りに来ました」
「あぁ、それならあのワゴンに用意してあるから勝手に持って行ってくれ」
彼が示した先にはティーセットが乗せられたワゴンが置かれていた。
「どうもありがとうございます」
「ああ」
お礼を言うニアに頷く料理人。
早速ワゴンを押して、ニアは厨房を後にした。
「ベスの話だと、確か2人はサンルームにいると話していたわね」
ワゴンを押しながら、口の中で小さく呟くニア。
彼女の心境は穏やかでは無かった。
何故なら中庭に囲まれるサンルームは花が好きなアンジェリカのお気に入りの場所だったからだ。
(ローズマリー様は本当に許せないわ。アンジェリカ様のお部屋を奪うだけではなく、お気に入りのサンルームまで奪ってしまうなんて。しかもセラヴィ様にまで手を出そうとしているのだから。だけど、心配する必要無いわよね。だって、セラヴィ様はアンジェリカ様を愛していらっしゃるもの。アンジェリカ様の異母妹だから相手をしているだけに決まっているわ)
ニアはセラヴィがアンジェリカを愛する気持ちに変わりないと信じてやまなかった。
「何としても、ローズマリー様の目をごまかして、セラヴィ様にメモを渡さないと」
ニアは決意を胸に、足早にサンルームへ向かった――
****
ニアはサンルームに辿り着いた。
開け放たれた扉からは部屋の様子が良く見え、セラヴィとローズマリーが向かい合わせに座っている姿がある。
2人は笑顔で話をしているようだった。
(え? 何だか2人とも、すごく親しそうに見えるわね……)
けれど躊躇っていてはいけない。ニアは意を決っしてサンルームに足を踏み入れた。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
声をかけると、振り向く2人。
「ありがとう、早速煎れてくれる」
「かしこまりました」
ローズマリーに命じられたニアは紅茶をカップに注いでいると、再び2人は会話を始めた。
「セラヴィ様、先ほどもお話しましたけど、私、生まれて初めて演奏会に行ったので感動しました。本当にありがとうございます」
満面の笑みを浮かべるローズマリー。
「そうか、そんなに良かったのか。それじゃ、また今度一緒に演奏会に出掛けようか?」
笑顔で頷くセラヴィの耳は少しだけ、赤くなっている。
「嬉しい、セラヴィ様」
(え!? また2人で一緒に出掛ける……?)
予想もしていなかった会話に、ニアの手が一瞬止まりそうになってしまった。
(いけないわ。ここで動揺する姿を見せれば、セラヴィ様にメモを渡すのを失敗してしまうかもしれない。しっかりしないと)
気を取り直し、お茶の用意をするニア。その傍らでは夢中になって会話を続けている2人がいる。
(メモを渡すなら今のうちよね……)
そこでローズマリーにばれないようにティーカップの皿の下にメモを挟み込むと、セラヴィが座るテーブルの前に置いた。
(こうしておけば、カップの淵に隠れてローズマリー様からはメモが見えないはずだわ)
「どうぞ、温かいうちにお飲みください」
普段ならそのような声がけはしないが、セラヴィにアンジェリカからのメモに気付かせる為に、わざとニアは声をかけた。
「そうね。温かいうちにいただきましょう」
「ああ」
ローズマリーに促されたセラヴィはカップを上げ、ソーサーの下に挟まれたメモに気付いてニアを見上げた。
ニアはニコリと笑みを浮かべると、ローズマリーが尋ねてきた。
「どうかしたの? セラヴィ様。うちのメイドがどうかしたの?」
「いや、別に。お茶の礼を言おうと思っただけさ。ありがとう」
セラヴィはさりげなくカップからメモを引き抜くとポケットにしまう。
「いいえ、それではごゆっくりどうぞ。私はこれで失礼致します」
ニアは頭を下げると、その場を後にした。
(わざとアンジェリカ様の名前が見えるようにソーサーの下に置いたから、きっと気付いたはずだわ。後はセラヴィ様がメモを呼んでアンジェリカ様の元へ来てくれれば……。セラヴィ様。どうかよろしくお願いしますね)
心の中で、自分の作戦がうまくいくことを祈りながら――