乾いた音と共にアンジェリカは右頬に激しい痛みが走り、衝撃で床の上に倒れてしまった。
立ち上がろうとしても、頭がクラクラして起き上がれない。叩かれた衝撃で脳震盪を起こしたのだ。
(い、痛い……私、叩かれたの……?)
チャールズはアンジェリカが立てないにも関わらず、大声で怒鳴り散らした。
「アンジェリカッ! この薄情娘めっ! 妹が部屋を譲れと言っているのだから、言う通りにするのだ! 可哀そうに……ローズマリーはお前に冷たくされたと言って泣いておったぞっ!」
頭上でチャールズの怒鳴り声が聞こえる。
(え……ローズマリーが……泣いていた……?)
ボンヤリする頭で先程のローズマリーの姿が思い浮かぶ。
「旦那様っ! なんて乱暴な真似をなさるのですか!!」
ヘレナの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「何だと!? 生意気を言うなっ! 大体ローズマリーはアンジェリカに叩かれたと訴えてきたのだからな!」
(私がローズマリーを……)
「いいえ! アンジェリカ様がそのような真似をするはずありません!」
その時。
「お父様、お姉様に話を…‥えっ!?」
ローズマリーの驚きの声が聞こえた。
「ああ、ローズマリーか。今、お前に意地悪な事をしたアンジェリカにお仕置きをしていたところだ。驚くことは無い」
「お、お仕置って……?」
ローズマリーの問いかけに代わりに答えたのはヘレナだった。
「大丈夫ですか!? アンジェリカ様っ!」
ヘレナはアンジェリカに駆け寄り、助け起こした。
「アンジェリカ様、大丈夫で……キャアッ! アンジェリカ様!」
「ヘレ……ナ……」
ヘレナが悲鳴を上げたのは無理も無かった。何しろ、チャールズから頬を叩かれた衝撃でアンジェリカは鼻血を出していたからだ。
「何てこと……アンジェリカ様……どうかしっかりなさってくださいませ……」
するとチャールズは吐き捨てるように言った。
「フンッ! たかが頬を叩いたくらいで鼻血など出しおって!」
「えっ!? お、お父様……お姉様を叩いたのですか?」
怯えた様子でローズマリーが尋ねる。
「当然だ。アンジェリカに叩かれたのだろう? 妹に意地悪どころか、暴力迄振るうような娘を仕置するのは当然のことだ」
「いいえっ! アンジェリカ様はそのようなことはしておりません! ローズマリーは嘘をついております!」
ヘレナが声を上げた。
「何だと!? 使用人の分際で!」
チャールズがヘレナを足蹴りしようとした時。
「やめてくださいっ! お父様!」
ローズマリーが慌てた様子で止めると、チャールズが首を傾げる。
「何故止めるのだ?」
「あ、あの……お姉様に叩かれたと言うのは少し大げさでした。本当は軽く突き飛ばされただけです。それに、お部屋のことならもういいのです。ここはお姉様のお母様が用意してくれた部屋だそうですから……」
「ローズマリー……お前は何と優しい娘なのだ。全く、薄情なアンジェリカとは大違いだ。よし、それではもう行こう。とっておきのお茶があるのだ。3人で飲もう」
「はい、お父様」
チャールズはローズマリーを連れて、アンジェリカの部屋を出て行った。
「アンジェリカ様……しっかりなさってください……」
意識が朦朧としているアンジェリカを抱きしめながら呼びかけるヘレナ。
(お父様……)
ヘレナの声を聞きながら、アンジェリカは意識を失った——