「どうなされたのですか!? アンジェリカ様!」
アンジェリカが部屋に戻るとヘレナが待っており、今にも泣きそうなアンジェリカを見て驚いた。
「ヘレナ……」
ヘレナを見たアンジェリカはとうとう耐え切れず、抱きつくとすすり泣いた。
「アンジェリカ様、話は聞いております。旦那様が新しい家族を迎えたそうですね?」
ヘレナはアンジェリカを抱きしめ、優しく髪を撫でる。
「そう……なの。お父様は……わ、私には何一つ話してくれなかったわ……だけど、あの人たちには……全て話していたのよ……。お父様は、あの人たちに笑顔を向けるのに……私は一度でもそんな顔見せてくれたことは‥‥‥無かったわ。そ、それで……私が部屋を出て行く時に、今夜は家族水入らず3人で夕食をとろうって、言って……」
それを聞いたヘレナの顔が険しくなる。
「何ですって? 旦那様がそのような話をしたのですか?」
「ど……どうして、私はお父様にそこまで嫌われているの……私はお父様にとって、家族では無いの……?」
もうこれ以上話をするのは限界だった。
アンジェリカはヘレナの胸の中で激しく嗚咽する。
「ウッ……ウウッ……」
「アンジェリカ様、何てお気の毒な……でも大丈夫です。私は何があってもアンジェリカ様の味方です。私にとっての一番はアンジェリカ様なのですから」
「ヘレナ……」
涙に濡れた顔を上げるアンジェリカ。
「お気の毒に……アンジェリカ様。大体、あの親子は図々しいにも程があります。この屋敷に上がりこんで、もう我が物顔に振舞っていたのですよ? 娘にしてもそうです。与えられた部屋に、『もっと広くて日当たりの良い部屋は無いの?』と尋ねてきたのですから」
「そうだったの……?」
「ええ、そうです。あの人たちはどうかしているのですよ。旦那様はアンジェリカ様を冷遇するし、イザベラ様は結婚していながら旦那様との間で子供をもうけるなんて。しかも夫が
亡くなったからといって、籍を抜いて旦那様と再婚だなんてあり得ません。そんな大事な話をアンジェリカ様に伝えないのもどうかしています!」
ヘレナは憤慨した様子で語る。
「ヘレナ……」
「アンジェリカ様。あの親子がやってきて、居心地が悪くなってしまいますが、それも後僅かな辛抱です。何しろ、セラヴィ様がいらっしゃるではありませんか」
「セラヴィが……?」
「ええ、そうです。あと半年ほどでお2人は高等部を卒業されます。そうなれば、結婚の約束をされているのですよね? 居心地の悪いこの屋敷を出ることも出来ますし、何より愛する方と一緒に暮らせるではありませんか?」
「そうよね……? 私にはセラヴィがいるもの。それに、お父様は私に冷たいけれどローズマリーは良い子みたいなの。一緒に暮らすことになるのは、後半年だもの。それまでの間、少しでも新しい家族と仲良く出来る様に頑張ってみるわ。だって、ローズマリーとは半分だけど、血が繋がっているのだから」
アンジェリカは涙を拭いた。
「そうですね。後半年の辛抱ですから」
ヘレナと2人で顔を見合わせて笑った時。
—―コンコン
部屋にノックの音が響いた。
「あら? 誰でしょう。私が見て参りますね」
ヘレナが扉を開けると、現れたのはローズマリーだった。
「あ! あなたは……!」
「ローズマリーよ。ここはお姉様のお部屋なのよね?」
「え、ええ。そうですが……」
「お姉様はいるのよね?」
するりとローズマリーは部屋の中に入って来てしまった。
「え!? ちょ、ちょっとお待ちください!」
ヘレナが止めるのも聞かず、ズカズカと部屋の中央までやってきた。
「お姉様、先程はどうも」
そしてニコリと笑みを浮かべる。
「え。ええ。どうしたの? ローズマリー」
アンジェリカも笑顔で返事をする。
「決まってるじゃないですか。お姉さまに会いに来たのですよ。それにしても素敵なお部屋ですね」
グルリとローズマリーは部屋を見渡す。
「ありがとう」
アンジェリカがお礼の言葉を述べると、ローズマリーは耳を疑う台詞を口にした。
「お姉様。私、この部屋が気に入ったわ。私にここを譲ってもらえる?」
そして、ローズマリーは無邪気な笑顔を見せた——