「ねぇ、セラヴィ。何故店員さんにあんなこと言ったの?」
アンジェリカは肩を抱いて歩くセラヴィを見上げた。
「あんなことって?」
「だから、その……誰かに取られはしないか毎日心配でしようがないってこと……よ」
自分で言って、恥ずかしくなる。
「あぁ、あれか。事実だから別にいいじゃないか」
「ええっ!? じ、事実って……」
「あ、あそこの木の下のベンチなんかいいんじゃないか? 丁度木陰になっているし……よし、あのベンチに座ろう」
セラヴィはめぼしい場所を見つけると、アンジェリカの手を引いて歩き出す。
「ちょ、ちょっとセラヴィってば」
「話はあのベンチに座ってからでいいだろう?」
前方を歩いていたセラヴィが笑顔で振り向く。そんな笑顔を見ていたら、何だかどうでも良くなってきた。
「そうね、行きましょう」
手を繋いだまま2人はベンチにやって来ると、早速並んで座った。
「ほら、ドーナツだぞ」
セラヴィが先程買ったドーナツを差し出してくる。
「ありがとう。フフ、ハチミツの甘い香りがするわ」
アンジェリカは少しだけ鼻に近付けると、嬉しそうに笑顔になる。
「確かにハチミツの匂いがする。美味しそうじゃないか」
セラヴィは自分のドーナツを口にすると、満足そうに頷く。
「うん、甘みが抑えられていて美味しいな。これなら俺も食べられる」
「え? セラヴィ、もしかして甘い物が苦手だったかしら?」
「いや。別にそれほど苦手という訳でもない。ただ好んで食べないだけだよ」
「そうだったの……ありがとう」
「え? 何で謝るんだよ?」
セラヴィは心底不思議そうに首を傾げる。
「だって、セラヴィは甘い物が苦手でしょう? それなのに私に付き合ってドーナツを買って食べてくれているのだから。その気持ちが嬉しくて」
笑顔を向けると、セラヴィが真っ赤な顔になる。
「そ、そんなのは当然だろう。何しろ俺たちは婚約者同士なんだから」
「フフ、そうね」
アンジェリカは笑い、そこで先程の件を思い出した。
「そうだわ、セラヴィ。さっきのドーナツ屋さんの件だけど、何故あんなこと言ったの?」
「そんなのは決まっている。あの店主、ずっとアンジェリカを見つめていたんだぞ? だから釘を刺しておいたんだよ」
「そうだったかしら……気のせいじゃ無いの?」
「いいや、気のせいじゃないさ。俺がいなかったら絶対にアンジェリカを狙っていたに違いない。今、こうしている間だって他の男に取られやしないかって気が気じゃないくらいなんだ」
そしてじっと見つめてくる。
「セラヴィ……」
(まさか、こんなにセラヴィが嫉妬深いなんて思わなかったわ)
けれど悪い気はしなかった。むしろ自分のことをそこまで思ってくれているのだと、くすぐったく感じられる。
そこでアンジェリカは自分の素直な気持ちを告げることにした。
「大丈夫よ、セラヴィ。私が好きなのはあなただから。そんな心配しないで?」
「アンジェリカ……」
セラヴィは赤い顔でアンジェリカを見つめ、突然話題を変えてきた
「そう言えば、少し日差しが眩しくないか?」
「え? 何を言ってるの? ここは木陰よ? 別に眩しくないわ」
「いいや、眩しい。アンジェリカ、日傘を貸せよ」
「分かったわ」
訝しく思いながらも日傘を渡すと、セラヴィはパチンと広げて低く差した。途端に傘で視界を遮られる。
「え? セラヴィ。これじゃ前が見えないわよ」
アンジェリカはセラヴィを見上げた。
「いいんだよ、これで」
「え……? んっ」
次の瞬間、セラヴィの唇が重ねられる。
(セラヴィ……)
アンジェリカは目を閉じた。
少しの間、2人は日傘の下で甘いキスを交わした――