その日の夜のこと——
入浴を済ませたアンジェリカは鏡の前に座り、ヘレナに長い髪をとかしてもらっていた。
(私……今日、セラヴィと初めてキスしたのよね……)
初めてのキスの感覚が忘れられず、ぼ~っとしているアンジェリカにヘレナが話しかけてきた。
「アンジェリカ様。本日は何か良いことがあったのですか?」
「え? ど、どうしてそう思うの?」
不意に声をかけられ、焦るアンジェリカ。
「本日はセラヴィ様と初めて2人だけで外出されましたよね? 素敵な洋服もプレゼントされたようですし」
ヘレナはハンガーに掛けられた服に視線を送る。
「え、ええ。そうなの。プレゼントは必要無いって断ったのだけど、セラヴィがどうしてもって言うから……」
セラヴィの話で再びキスの記憶が蘇り、アンジェリカの顔が赤くなる。その様子に気付かないヘレナではない。
(これは……きっと、今日何か進展があったのだわ。考えてみれば、アンジェリカ様もセラヴィ様も18歳、成人年齢に達しておられるもの)
「その様子では、とても楽しかった1日のようですね」
「ええ、とても楽しかったわ。それに……ね。私……セラヴィのことが好きみたいなの」
アンジェリカの顔が赤くなる。
「え……?」
ヘレナの目が見開かれる。
「セラヴィも、私のこと好きだって……言ってくれて……」
「まぁ! そうだったのですか!? それはなんて素晴らしいことなのでしょう。やはりいくら政略結婚と言っても、お互いの恋愛感情があったほうが良いに決まっていますからね」
「あのね、それだけじゃないの。高等部を卒業したら結婚しようって言われたのよ? 私と早く一緒に暮らしたいって言ってくれたの」
「結婚!? そこまで話が進んだのですか?」
「だからヘレナ。お願いがあるの」
アンジェリカはヘレナの方を振り向いた。
「お願い? 私にですか?」
「ええ。私が結婚して、この屋敷を出るとき……侍女としてヘレナにも一緒に来てもらいたいの。もちろんニアも一緒に。……駄目かしら?」
この申し出はヘレナにとって喜ぶべきことだった。アンジェリカがお嫁に行く時は、自分もついていきたいと願っていたからだ。
「勿論です! アンジェリカ様がお生まれになった時から、私の居場所はアンジェリカ様の傍にいると決めていたのですから。でも嬉しいです……まさかそのようなお言葉をアンジェリカ様からかけていただけるなんて……」
ヘレナの目に涙が滲む。
「え? ヘレナ。もしかして、泣いているの?」
「は、はい……嬉しくて……」
「やだ、そんな泣かないで? いくらお嫁に行く相手がセラヴィでも、やっぱり不安だもの。ヘレナにはずっと私の側にいてもらいたいのよ」
「ええ、勿論でございます。この先何があろうと、アンジェリカ様がどんな場所へ行こうとも私はお傍を決して離れません。もちろんニアだってそう思っているに違いありません」
「ありがとう、ヘレナ」
アンジェリカとヘレナはしっかり抱き合った。
この頃のアンジェリカは、将来自分がセラヴィと結婚するものだとばかり思っていた。
彼女達が現れるまでは——