アンジェリカとセラヴィを乗せた馬車は町を目指して走っていた。
馬車の中でアンジェリカとセラヴィは向かい合わせに座っていたが、ずっと沈黙が続いている。
セラヴィは何を考えているのか、じっと窓から外を眺めていた。その姿を見ながら、アンジェリカは思う。
(こんなふうに2人きりで馬車に乗るって初めてだわ。なんだか不思議な感じね……)
すると――
「……おい」
不意に外を眺めたまま、セラヴィが声をかけてきた。
「何? セラヴィ」
「どうしてさっきから、お……俺を見つめているんだよ。何か話でもあるのか?」
こちらを向いたセラヴィの目元は少し赤くなっている。
「こんな風に2人で外出するのは初めてだと思っていたのよ」
「言われて見ればそうだったよな。悪い、反省している。これからは2人で色々な場所に出掛けよう」
「え? そうなの?」
まさかの発言に驚くジェニファー。
「何だよ。ひょっとして俺と一緒に出掛けるのは、いやなのか?」
「いえ。私では無くて、むしろセラヴィの方がイヤなのじゃないかと思ったのよ」
「え? 俺が? 何で?」
「セラヴィは出掛けるよりも本を読むほうが好きでしょう? 子供の頃、そう話していたじゃない」
「そんなことはないぞ? 俺は出掛けるのは好きだ。だから今更と思うかもしれないが、これからは積極的にいくからいいな?」
「ええ……? 分かったわ。積極的に出掛けるのね?」
「あぁ、そういうことだ。という訳で……」
セラヴィはアンジェリカの頭のてっぺんから足のつま先までを見渡した。
「まず最初は伯爵に言ったとおり、洋品店へ行くからな!」
セラヴィの大きな声が馬車の中に響き渡った——
****
アンジェリカが連れて来られた店は、町で一番大きな女性向け用品店だった。しかもこの用品店は大きいだけではない。貴族だけが利用できる高級洋品店だったのだ。
「まぁ、お嬢様! このドレスもとてもお似合いですわ!」
「まるでお嬢様だけのためにあつらえたドレスのようです」
本日10着目のドレスの試着をしているアンジェリカに、2人の女性店員が次々に褒めたたえる。
白いリボンを結んだブラウスに、ネイビーカラーのボレロワンピース。くるぶし丈まであるスカートは、裾がフワリと広がりフリルがたっぷりあしらわれている。
「すごく素敵な服だけど……私には勿体ないのじゃないかしら。セラヴィはどう思う?」
ソファに座って、試着した姿を見物しているセラヴィに、アンジェリカは問いかけた。
しかし、セラヴィは返事をしない。ぼ~ッとした様子でアンジェリカを見つめている。
「セラヴィ? 聞いてるの?」
すると女性店員が笑顔になる。
「お客様は、お嬢様の美しさに見惚れているのですよ」
「え……? そんなことは無いと思うけど……」
(だって、今まで一度も言われたことが無いのに?)
別の女性店員が大きな声でセラヴィに話しかけた。
「お客様、いかがでしょうか? すごく良くお似合いだと思いませんか?」
すると、ようやく我に返ったのだろう。
「そ、そうだな。さっきの服も良かったが、今着ている服も最高に似合っている。よし、それでは今まで試着した服全て買うことにしよう! ついでにアクセサリーと靴もだ!」
「「ありがとうございます!!」」
声を揃えて喜ぶ店員に対し、驚いたのはアンジェリカだ。
「え? ちょっと待って。全部って、幾ら何でも買い過ぎよ!」
一体全部でいくらになるのか……考えただけで背筋が寒くなってくる。
「ではすぐにお包いたしますね」
「少々お待ちください!」
女性店員たちは気が変わったら大変とでも思ったのだろう。バタバタと慌ただしく準備を始めた。
「ねぇ、セラヴィ。ここの服はどれも高級品ばかりなのよ? それなのにあんなに買い物をして大丈夫なの?」
「いいんだよ。俺はもう成人年齢だし、小切手だって持っているんだ。大体、今までアンジェリカにまともにプレゼントをしてこなかっただろう?」
「そんなこと無いじゃない。誕生日には毎年プレゼントをくれていたわよ?」
アンジェリカは毎年誕生日にはセラヴィから花束のプレゼントをもらっていた。
「あんなのはプレゼントの内には入らないさ。第一、花屋に頼んでいただけだし」
「それでも貰えていたから嬉しかったわよ? 父は何もしてくれなかったから」
何しろ、アンジェリカは生まれてこの方一度も父親からは誕生日を祝ってもらったことも、プレゼントすら貰ったことはないのだ。
「……そうだよな。だから、高等部を卒業したら……結婚するか?」
セラヴィは驚きの台詞を口にした——