「セラヴィ。いきなり立ち上がったりして、どうしたの?」
「あ……悪い。つい……」
セラヴィは椅子に座ると、興奮気味に質問してきた。
「アンジェリカ。確かめたいことがあるんだが……デートの日にいつも読書や刺繍をしていたのは俺の邪魔にならない為にだったのか?」
「ええ、そうよ。だって、最初の顔合わせの時にセラヴィが言ったんじゃない。集中して本を読めないから話しかけないでもらえないかなって」
『デート』と言う言葉に多少引っ掛かりを感じるも、あの時言われた台詞をアンジェリカは口にした。
「あ、あれは子供の頃に言った話だから……とっくに時効だ!」
「え? 時効って……」
「まぁいい。こんなところで話している時間がもったいない。とにかくすぐに出掛けよう!」
再びセラヴィは立ち上がる。
「ちょっと待ってセラヴィ。すぐに出掛けるって言われても困るわ。大体私、こんな普段着なのよ?」
アンジェリカが今着ているのは普段から着慣れているパフスリーブのブラウスに、ワインレッド色のジャンパースカートである。
「何? その服はもしかして普段着だったのか? 俺とデートの日なのに? 俺ってそんな扱いだったのか?」
再びセラヴィの顔が青ざめる。
「だって、私たち一度も何処かへ一緒に出掛けたことがないじゃない。それなのに外出着なんて……え? ちょっとセラヴィ、どうしたの?」
今まで一度も見たことが無いような不機嫌な顔で見つめてくるセラヴィにアンジェリカは戸惑ってしまった。
「つまり、アンジェリカにとって、俺は取るに足らない存在だったってことか?」
「え? 何故そうなるの? 違うわよ。セラヴィは気兼ねせずに、いられる相手よ?」
何しろ8年間もの間、毎週末顔を合わせてきた相手なのだ。アンジェリカにとって、もはやセラヴィは家族のような存在だったのだが……。
「そうか……。俺は気兼ねしないでいられる存在ってことなんだな?」
今度はセラヴィの顔が赤くなる。
「え、ええ。そうね」
(何だか今日のセラヴィはおかしいわね。顔が赤くなったり青くなったり……一体、どうしてしまったのかしら?)
アンジェリカの疑問を他所に、セラヴィは元気よく言った。
「とにかくだ、今日はその恰好でいい。今から出掛けるぞ! ほら、立てよ。いつまで座っているんだ?」
「え? キャアッ!」
手首が捕まれ、グイッと引き上げられる。
セラヴィは強引にアンジェリカを立ち上がらせ、そのまま部屋から連れだして行く。
「ちょ、ちょっと! セラヴィ!」
「急ぐぞ、時間は待ってくれないんだからな!」
半ば連行されているような姿で廊下を歩いていると、使用人達が驚きの目で2人を見ている。
「ちょっとセラヴィ! 出掛けるならお金位持っていかないと……」
「お金なら大丈夫。俺が持っているからな」
「だけど……!」
尚も歩き続けるセラヴィに再び声をかけようとしたとき。
「珍しいこともあるものだな。2人で何処かへ出掛けるのか?」
背後から父であるチャールズの声が聞こえ、アンジェリカに緊張が走る。18歳になった今でも、チャールズは厳しく、アンジェリカにとってはまるで他人のような存在だったのだ。
すると足を止めたセラヴィは振り返り、チャールズに笑顔を向ける。
「こんにちは、伯爵。はい、その通りです。これから2人で出掛けたいので許可して頂けますか?」
「私の方では一向に構わないが……それにしてもアンジェリカ」
「は、はい」
父親の冷たい声と視線に、怯えるアンジェリカ。
「折角婚約者と一緒に出掛けるというのに……一体その恰好は何だ? そんな粗末な身なりで出掛けるつもりなのか? お前はブライトン家に恥をかかせるつもりなのか?」
「い、いえ……こ、これは……」
アンジェリカの緊張はピークに達していた。するとセラヴィが代わりに答えた。
「伯爵、アンジェリカは着替えをして出かけようとしていたのですが、俺が止めました。今から彼女に良く似合う服を選びに行くので、着替えやすい普段着が良いと俺が判断したのですよ」
(え? セラヴィが私を庇ってくれたの?)
思わずセラヴィの背中をじっと見つめる。
「なるほど、そういうことなら話は別だ。それでは行ってくるといい」
「はい、行ってきます」
セラヴィは笑顔で返事をすると、チャールズは踵を返してそのまま立ち去って行った。
(お父様…)
遠ざかって行く父の背中を見つめるアンジェリカにセラヴィが声をかけてきた。
「何してるんだよ。いくぞ」
「え、そ、そうね」
こうしてアンジェリカとセラヴィは、初めて2人きりで外出することになった――