早いもので、アンジェリカとセラヴィの出会いから8年の歳月が流れていた。
18歳になったアンジェリカは美しい女性に成長していた。
少し憂いを秘めた海のような青い瞳。
腰の下まで長く伸びたライトゴールドの髪は人目を惹くほどに美しく、それは見事だった。
そしてまた、セラヴィも立派な青年になっていた。
スラリと伸びた身長、整った顔立ち。剣術の腕前も中々のものだった。
美しい容姿のアンジェリカとセラヴィは、まさに理想カップルとして世間で囁かれ、誰もが2人の甘い関係を羨ましがっていたのだが……。
現実はまるで違う。
18歳になった今でも、2人は婚約者というよりまるで友人か兄妹のような関係が続いていたのであった――
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ある日の週末。
今日も2人は両家の言いつけ通り、デートという名目でブライトン家のティールームで一緒に過ごしていた。
セラヴィが読書をしている傍らで、アンジェリカが刺繍をしていると不意にセラヴィが話しかけてきた。
「アンジェリカ、この前の定期試験の手応えはどうだった?」
「え? 定期試験?」
滅多に話しかけてこないセラヴィを少し訝しく思いながらアンジェリカは顔を上げる。
「そうね、今度の試験は高等部最後の試験だから頑張ったわ。多分そこそこの点は取れていると思うの。そういうセラヴィはどうだったの?」
「俺も今回は頑張った。何しろ付属の大学進学にも関わる大事な試験だったからな。……ところでアンジェリカ。ブライトン伯爵は厳しい方だからな。その、色々と苦労が多いだろう?」
10年も一緒にいるのだからチャールズがアンジェリカに厳しいことを既にセラヴィは知っている。ただいきなりの言葉にアンジェリカはすっかり面食らってしまった。
「え、ええ。そうね……確かに苦労は多いけれど……」
(一体セラヴィはどうしちゃったのかしら? こんなに積極的に話しかけてきたことは今まで無かったのに)
この10年、2人は毎週末会ってるにも関わらず、ほとんど会話を交わすことは無かったのだ。当然、何処かへ一緒に出掛けたことも無い。
それなのに今、セラヴィは本を閉じてじっとアンジェリカを見つめている。
「セラヴィ……」
「何だ?」
「本、読まないの? 閉じてしまっているわよ?」
「あぁ、本か? 別にこんな物今読まなくてもいいんだ」
「こんな物って……読書は大好きだったじゃないの? いつも私と会うたびにすぐ本を開いていたわよね?」
しかし、セラヴィは質問に答えることなく話を続ける。
「それより、アンジェリカ。今から一緒に出掛けないか?」
「えぇっ!? 今から? 本気なの?」
「何もそんなに驚くことか? 大体今からって言ったって、まだ14時少し前じゃないか。実は刺繍の展覧会のチケットを持っているんだ。展覧会の後はどこかでお茶でも飲んで、それから……」
「ちょ、ちょっと待って、セラヴィ!」
「……まだ話は終わっていないんだが……どうしたんだよ?」
「刺繍は好きだから、展覧会のお誘いはとても嬉しいけれど……でもセラヴィはそれでいいの?」
「何が?」
「私達の顔合わせの時間は16時まででしょう? 今から出掛けたら、とてもじゃないけど16時までには帰れないわよ?」
するとセラヴィはため息をついた。
「あのなぁ……俺たちはもう18歳、成人年齢だぞ?」
「ええ、そうね」
「18歳にもなって、何処の世界に門限が16時の家なんてあるんだよ?」
「それはないでしょうね。私が言いたいのは門限ではなくて、一応両家の決まりで私たちの顔合わせの時間は16時までってなってるでしょう? だからよ」
「それじゃアンジェリカは16時で終わらせたいってことなのか?」
ムッとした様子を見せるセラヴィ。
「いえ、そうでは無くて……私は別に構わないけれど、セラヴィが嫌なのじゃないかと思ったのよ。だって、初めの頃言ってたじゃない。親の命令で会っているだけだから、お互い好きなことをして過ごそうって。セラヴィは本を読むのが好きでしょう? だから私は時間になるまでセラヴィの邪魔にならないように読書や刺繍をして10年間過ごしてきたのよ?」
「な、何だって!? そうだったのか!?」
セラヴィは青ざめた顔で立ち上がった——