週明け――
「おはよう! アンジェリカ!」
いつものように登校すると、先に教室に来ていたアナが興奮気味に駆け寄ってきた。
「おはようアナ。どうしたの? 今朝は随分ご機嫌ね?」
「ええ。だってバレエが素晴らしかったのよ。でもそれだけじゃないわ? 聞いてくれる?」
アナは辺りをキョロキョロ見渡すと、耳打ちしてきた。
「実はね……バレエ鑑賞だけじゃなかったの。あのね、隣の席に黒髪の素敵な男の子が座ったのよ。一体誰だろうと思っていたら……なんと、私のお見合い相手だったの。実はバレエ鑑賞はお見合いも兼ねていたのよ。もう、本当にびっくりよ」
「え!? お、お見合い!?」
驚きのあまり、アンジェリカは大きな声をあげてしまった。途端に周囲の視線が2人に集中する。
「え? お見合い? アナさんが?」
「最近、お見合いが流行っているのかしら……」
「お見合い相手がいるなんて羨ましいわ」
中には嫉妬の目を向けてくる女子生徒もいる。
「ちょ、ちょっと! アンジェリカ! 大きな声を出したから皆に知られちゃったじゃない!」
耳元で抗議してくるアナ。
「ご、ごめんなさい。だってあまりにも驚いちゃって。本当に悪い事したと思っているわ」
アンジェリカは必死で謝る。
「まぁ……アンジェリカに悪気があったわけじゃ無いのは分かっているから仕方ないけど。別にヴェロニカさんに睨まれなければいい話だしね。確かあの人も週末お見合いするって言ってたものね」
「ええ。言ってたわ。だからヴェロニカさんなら大丈夫……」
そこまで話した時。
「私がどうしたって言うのかしら?」
突然背後でヴェロニカの声が聞こえ、驚いた2人は同時に振り向いた。
すると腕を組み、不機嫌そうな顔つきのヴェロニカが睨みつけていたのだ。
「あ……お、おはようございます!」
「おはようございます。ヴェロニカさん」
アンジェリカとアナは慌てて挨拶した。
「今、私のこと話していたわよね? 一体何を話していたのよ」
「えっと、あの……」
チラリとアナがアンジェリカに視線を送って助けを求めてくる。
(そうよね。元はと言えば、私が大きな声を出してしまったのが原因なのだから)
アンジェリカは覚悟を決めた。
「先週、ヴェロニカさんはお見合いをすると言ってましたよね? それでどうなったのだろうとアナと2人で話をしていたのです」
貴族同士のお見合いは、政略結婚なので元から決まっているようなものだとアンジェリカは周囲から聞いていた。
(お見合いがうまくいかないはずは無いもの。だから大丈夫)
そう思っていたのだが、ヴェロニカは目を吊り上げて怒鳴りつけてきた。
「何よ! 本当に、あなたって無神経な人ね! お見合いなら失敗よ! 断られたのよ!『僕には心に決めた女性がいるから婚約者にはなれない』ってそう言ったのよ!? たかが伯爵家の分際で、この私に! 信じられる?」
「「ええっ!?」」
まさか見合いを断ることがあると思わなかった2人は驚きで同時に声を上げてしまった。
当然、他のクラスメイト達もざわつく。
「信じられない……」
「お見合いって断られることがあったのね」
「何よ! あんたたちまで私を馬鹿にするの!?」
ヴェロニカは周囲にいた女性生徒達を睨みつけ……再びアンジェリカに文句を言い始めた。
「大体、何よ。まだ10歳のくせに、心に決めた女性がいるって。それなのに私とお見合いするなんて失礼にもほどがあるわよ! だったら初めからその人とお見合いすれば良かったのよ! いい? 今度私の前でお見合いの話や、婚約者の話をしようものなら容赦しないからね!」
ヴェロニカは吐き捨てるように言うと、自分の席へ行ってしまった。
「何あれ。完全に今のは八つ当たりよ。そう思わない?」
少々気の強いところのあるアナが耳打ちしてくる。
「え、ええ……そうね」
(あんなにお見合いの話を楽しみにしていたのに……)
アンジェリカはヴェロニカを気の毒に思うのだった――