それからの数日間。
アンジェリカの周囲では、特に何事も無く時が流れていった。
一時は気の強い侯爵令嬢ヴェロニカに目をつけられてしまったのではないかと不安に思うこともあった。
けれどあの日以来ヴェロニカが絡んでくることも無く、週末を迎えた——
****
—―15時
全ての授業が終了し、帰り支度を終えたアナがアンジェリカの席にやってきた。
「アンジェリカ、帰り支度は終わった?」
「ええ、終わったわよ」
「それじゃ一緒に正門迄行きましょう」
「そうね」
アンジェリカは席を立つと、アナと連れ立って教室を出た。
「ねぇ聞いて、アンジェリカ。明日はね、両親と一緒にバレエの舞台を観に行くのよ」
廊下に出ると、アナがすぐに嬉しそうに話しかけてきた。
「え? バレエを見に行くの? すごいじゃない!」
今迄一度もバレエどころか舞台すら観たことのないアンジェリカは目を見開いた。
「生まれて初めてバレエを観るから、今からとても楽しみだわ」
アナはうっとりした様子で語る。
「素敵ね。後でどんな風だったか教えてくれる?」
「ええ、勿論よ。しっかり観てきて教えてあげるわね。ところでアンジェリカのほうは明日何か予定があるの?」
「明日は、セラヴィと会う約束があるのよ。毎週1度は会うことになっているから」
「まぁ! それじゃデートね!?」
「ええ!? ち、違うわよ!」
アナのデートと言う言葉に、アンジェリカが驚いたのは言うまでもない。
「あら。だって男の子と2人きりで会ってお話しをしたり、何処かへ出掛けることをデートというんじゃないの?」
「そういうものなの?」
そこまで話した時、背後から突然話しかけられた。
「あら、偶然ね。私も明日デートなのよ」
「「え?」」
2人で同時に振り返ると、いつの間にかヴェロニカがいた。その顔には意味深な笑みが浮かんでいる。
「あ……ヴェロニカさん」
「ど、どうも……」
当たりさわりの無い返事をするアンジェリカとヴェロニカ。
「いきなり声をかけて驚かせてしまったみたいね。ただアンジェリカさんが明日デートするって話が聞こえてしまったから、つい声をかけてしまったの」
「そうなのですか」
前回と違い、妙に機嫌が良さそうな様子のヴェロニカに用心するアンジェリカ。
「あ、あの。ヴェロニカさんも明日はデートなのですか?」
作り笑いを浮かべながら、アナがヴェロニカに尋ねる。
「ええ、そうなの! 私も明日、お見合いすることになったのよ。お相手は伯爵令息で私よりは身分が格下なのだけど、代々騎士として有名な家柄らしいからその辺りは妥協するつもりよ。だって王宮お抱えの伯爵家らしいから。相手の男の子は銀色の髪を持った、とても美しい男の子らしいのよ」
ヴェロニカはペラペラと自慢げに語る。
「それは良かったですね」
もうこれでヴェロニカに自慢されることは無いだろうと思ったアンジェリカは笑顔で頷く。
「ええ、そうよ。自分だけが婚約者がいるからって自慢していたかったのかもしれないけれど……残念だったわね。それでは、お2人ともごきげんよう」
勝ち誇った笑みを浮かべると、ヴェロニカは2人の間をすり抜けて去って行った。
「「……」」
遠くなっていくヴェロニカの背中を、2人は呆然と見送っていたのだが……。
「ちょっと! 何!? 今のヴェロニカさんの態度は!」
アナは余程気に入らなかったのか、ヴェロニカの去って行った方向を睨みつける。
「落ち着いて、アナ」
怒りで興奮しているアナにアンジェリカは声をかけた。
「落ち着いていられないわよ! いつアンジェリカが自慢したって言うのよ! 本当に嫌な人。侯爵令嬢だからって、いつでも自分が一番で無ければ気に入らないのだから。あんな言われ方して、嫌じゃないの?」
「う~ん……イヤというよりは少し安心したかも」
アンジェリカは考えながら返事をした。
「え? 何故安心するのよ」
「だってヴェロニカさんにも婚約者が出来たということは、もう私にあたる必要も無いってことでしょう?」
「あ、確かに言われてみればその通りね」
納得したかのように頷くアナ。
「でも、ヴェロニカさんのお見合い相手の伯爵令息ってどんな方なのかしらね」
「そうね。でもきっと騎士の家系の出身なら剣術が得意なのじゃない?」
アナと話をしながらアンジェリカは思った。
明日のお見合いは、何か暇つぶしが出来る物を用意しておこう——と。