――15時
授業終了のチャイムが校舎に鳴り響き、生徒たちは次々と教室を出て行く。
アンジェリカも友人のアナと一緒に教室を出ると話をしながら廊下を歩いていた。
会話の内容は勿論、婚約者のセラヴィについてだった。
「ねぇ、アンジェリカ。帰りは婚約者と待ち合わせしていないの?」
アナは興味深げに尋ねてくる。
「まさか! 待ち合わせなんてしていないわ。それに彼が何処に住んでいるのかも知らないもの」
「ふ~ん……でもまた近いうちに会うのよね?」
「ええ。また来週会うことになっているわ」
その時。
ドンッ!
「キャアッ!」
背後から誰かにぶつかられて、危うくアンジェリカは転びそうになってしまった。
「大丈夫!?」
咄嗟にアナが支えてくれたため、何とか転ばずに済んだアンジェリカ。
「ちょっと! 何す……あ」
アナは文句を言いながら振り返り……顔色を変えた。
「あななたち、邪魔よ。広がって廊下を歩くのはやめてくれないかしら?」
ぶつかって来たのはヴェロニカだったのだ。
ヴェロニカは敵意の込められた目でアンジェリカを睨んでいる。
「ごめんなさい、ヴェロニカさん。気を付けます」
アンジェリカは素直に謝った。何しろヴェロニカはアンジェリカよりも爵位が高く、学年のお姫様的存在。そんな彼女に反抗的態度など取れるはずもない。
「フン、全く! 婚約者がいるからって大きな声で騒いでいい気にならないことね!」
ヴェロニカは吐き捨てるように言うと、去って行った。
「全く、本当に嫌な人ね。いくら侯爵令嬢だからって身勝手よ。アンジェリカ、大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫。アナが支えてくれたから転ばずに済んだわ」
「ヴェロニカさんは自分より誰かが目立つことを許さない人だから。絶対にアンジェリカに嫉妬しているに決まっているわ」
「そうなのかしら。私なんか嫉妬しても仕方ないのに」
(私はヴェロニカさんのほうが羨ましいわ。だって私にはお母様もいないのだから……)
アンジェリカは心の中で呟くのだった――
****
学校から帰宅したアンジェリカ。
自室で紅茶を飲みながら学校での出来事をいつものようにヘレナに報告していた。
「まぁ、それではセラヴィ様はアンジェリカ様と同じ学校へ通っていらしたのですね?」
ヘレナが目を丸くする。
「そうなのよ。今朝は本当に驚いたわ。正門前で突然声をかけられたのだから。でもセラヴィは私が同じ学校へ通っていたことを知っていたのですって」
「旦那様も人が悪いですわ。そんな大事なことをアンジェリカ様に伝えておかないなんて」
自分の主でありながら、チャールズのことを良く思わないヘレナは平気で悪口を言う。
「お父様は、口数の少ない方だから……」
「口数が少ないだけではすまされません。大体、普通はお見合いする相手の釣書位用意しておくべきです。本当に旦那様は冷たい方です」
ヘレナの話に、アンジェリカはセラヴィと交わした会話を思いだした。
「あ、そういえばセラヴィに聞かれたのよ。どうして親から同じ学校へ通っていることを聞かされていないのかって」
「それでアンジェリカ様は何と答えられたのですか?」
「勿論本当のことを話したわ。お見合いする話も3日前に聞かされたばかりだって。そしたらセラヴィはとても驚いていたの」
「まぁ、確かに普通に考えれば驚かれることでしょうね。でも同じ学校だったなら、顔を合わせる機会も今後ありそうですね。仲良くなるには丁度良いかもしれませんよ」
ヘレナは嬉しそうに笑う。
「ええ。そうね」
笑顔のヘレナにはとても言えなかった。
そのせいで、クラスメイトの侯爵令嬢に嫌がらせを受けたことを——