アンジェリカが教室に入ると友人のアナが興奮気味に駆け寄って来た。
「アンジェリカ! 見たわよ!」
「おはよう、アナ。見たって何を?」
鞄を机の上に置くとアンジェリカは首を傾げた。
「とぼけないでよ。さっき、正門前で同じ学校の男子生徒と親し気にお話していたでしょう? 一体あの子は誰なのよ」
「あ、私も見たわ」
「カッコいい男の子だったわよね」
アンジェリカとアナの会話を聞きつけて、数人の女子生徒達も集まってきた。
この学校は完全に男女が分かれて授業を受けるので、誰もが異性の話には敏感なのだ。
「彼は私の婚約者なの」
もう婚約は決まったようなものだし、隠す必要も無いと判断したアンジェリカは正直に話すことにした。
「ええ!? 婚約者!?」
「やっぱりそうだったのね!」
「すごいわ……」
集まって来た女子生徒たちはアンジェリカの『婚約者』という言葉に驚く。
この学校に通う生徒たちは全員が貴族。中にはアンジェリカのように婚約者がいる生徒もいるが、それはほんの一握りでしかいなかった。
「ねぇ、それで婚約者は何て言う名前なの?」
アナが尋ねてきた。
「セラヴィ・ヴァレンシアよ。私と同じ10歳よ」
「爵位は何なの?」
別の女子が尋ねてくる。
「確か伯爵家って聞いてるわ」
「そうなのね。どんな人なの?」
次々と質問が飛んでくる。
「昨日会ったばかりだから良く分からないけど……本が好きなのは知ってるわ」
「読書好きなのね? アンジェリカと一緒ね。なら気が合いそうじゃないの?」
「そうね。確かに気が合うかも……」
そこまで口にしかけたとき。
「あなた達、本当にうるさいわね! いい加減にしてくれないかしら!?」
突然大きな声が教室に響きわたり、一瞬でシンと静まり返る教室。
声の主はクラスメイトの中心的人物のヴェロニカだった。彼女は侯爵令嬢で、このクラスでは一番爵位が高く、またプライドも一番高い。
「全く、たかが婚約者がいるくらいで何よ。大騒ぎしちゃってバカみたい。あなた達もそう思うでしょう?」
ヴェロニカはダークブラウンの巻き毛を手で払うと、後ろに連れた2人の取り巻の女子生徒達を振り返った。
「ええ、ヴェロニカ様の言う通りよ」
「さっきから耳障りで仕方なかったわ」
ヴェロニカの話に誰も言い返せない。いくらクラスメイトと言え、上下関係は存在している。
女子生徒達が静かになると、ヴェロニカはアンジェリカをジロリと見た。
「アンジェリカさん」
「は、はい」
何を言われるのかと、緊張する面持ちで返事をする。
「婚約者か何だか知らないけどね、学校の敷地内で男子と親しく話すような風紀を乱すような真似はしないでくれる?」
「……はい、すみませんでした」
何故少し話をしたくらいで風紀が乱れるのか疑問に思いながらも、アンジェリカは素直に謝ることにした。
「フン、分かればいいのよ。行くわよ、あなたたち」
「「はい」」
ヴェロニカに声をかけられた取り巻き女子達は返事をすると、自分たちの席へ戻って行った。
その様子を見た他の女子生徒達も無言で自分たちの席へと戻って行く。
すると、アナがアンジェリカの耳元で囁いてきた。
「本当に、ヴェロニカって嫌な人ね。この教室で一番身分が高いくせに、婚約者がいないことが面白くないのよ。単に嫉妬しているだけなんだからあまり気にすること無いわよ」
「ありがとう、アナ」
これからは目立つ行動は控えよう……アンジェリカはそう、思うのだった――