—―翌日
いつものようにアンジェリカは馬車で学校まで送って貰い、正門の前で降りると御者のジャックが尋ねてきた。
「アンジェリカ様。それでは帰りもいつもと同じ時間に、ここでお待ちしておりますね」
「ありがとう。ジャックさん」
笑顔で手を振るとジャックはかぶっていた帽子をちょっとあげ、再び馬車で走り去って行った。
その様子を見届けていると、背後から大きな声で挨拶された。
「おはよう、アンジェリカ」
「キャアッ!!」
突然声をかけられ、驚きのあまり悲鳴をあげる。
「な、何だよ。そんな大きな声をあげなくていいだろう?」
聞き覚えのある声に振り向いたアンジェリカは、さらに驚いた。何故なら挨拶してきた人物は昨日見合いをしたセラヴィだったからだ。
「え? え? セラヴィ、どうしてここにいるの!?」
すると、セラヴィは呆れた表情を浮かべる。
「どうしてもこうしても無いだろう? 僕の着ている服を見て何とも思わないのかい?」
セラヴィは真っ白な制服に、青い蝶ネクタイをしている。
「この学校の制服……もしかして、同じ学校だったの?」
「そうだよ、今まで気付かなかったのかい?」
眉間に皺をよせるセラヴィ。
「ごめんなさい……」
アンジェリカは謝るも、セラヴィを知らないのも無理はなかった。この学校は正門こそ同じだが、校舎が男女で完全に分かれているのだ。
男女で共有の授業も無く、せいぜい顔を合わせる機会があるとすれば、正門から互いの校舎に入る時くらいなもの。
こうして偶然に会わない限りは、同じ学校の生徒だと分かるはずも無い。
「別に謝る必要も無いけどさ。親から聞いていなかったの? 僕がアンジェリカと同じ学校へ通っているってこと」
「ええ、そうなの……お見合いをするって言われたのも3日前だったし」
「え? 何だよ。その話。僕は一カ月位前から聞いていたぞ? 普通食事の時とかに話位するんじゃないのか?」
「あの、私……お父様と一緒に食事をしたこともなくて」
「何だって?」
話が進んでいくほどに、セラヴィの顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。その姿を見て、アンジェリカは内心焦っていた。
(どうしよう。セラヴィに絶対変な親子関係だと思われているわ。そのせいで、私との婚約が嫌になったと思われたらどうしよう……!)
何とか言い訳しなければと思いつつ、良い考えが浮ばない。
「アンジェリカ、君って……」
「あ、あのね! 聞いてセラヴィ。お父様は無口な……」
「可哀そうな子供だったんだね」
「え?」
予想外の台詞にアンジェリカは目を見開く。
「確か、アンジェリカにはお母さんがいないんだよね?」
「ええ、そうだけど……お母様は私を産んだ時、亡くなってしまったの」
「それでお父さんとは一緒に食事もしていない」
「そう、よ……」
あまり父親の悪い印象を与えてはいけないと思い、曖昧に頷く。
「分かったよ。だったらその分、僕が仲良くしてあげるよ」
「ええ!?」
「家で誰からも相手にされていない分、僕がアンジェリカの相手をしてあげるって言ってるんだよ。どうせ、将来僕たちは結婚することになるんだしね。お父さんからは月に2回位アンジェリカと交流すればいいって言われてたけど、毎週会ってあげるよ。可哀そうな君のためにね」
得意げに話すセラヴィ。
確かにアンジェリカは父親からは全く相手にされていなかったが、使用人達は皆良くしてくれた。誰もが気軽にアンジェリカに接し、何かと話しかけてくれていた。
(私は別に家で相手にされていないっていう訳じゃないけれど……でも、セラヴィと毎週会えば、お父様が喜ぶかもしれないわ)
「ありがとう、セラヴィ。そう言って貰えると嬉しいわ」
アンジェリカはニコリと笑った。
「よし。それじゃ今度の休みの日、10時に屋敷に遊びに行くよ」
「ええ。待ってるわ」
「それじゃ僕はそろそろ教室へ行くことにするよ。時間が無くなってきたから」
男子生徒の校舎の方が、女子生徒よりも遠かったのだ。
先程迄多くの生徒達が校舎に向かって歩いていたが、今は数えるほどしかいない。
「そうね、そろそろ予鈴が鳴る頃かもしれないわ。急いだほうが良いかもね」
「じゃあ、今度の休みの日にね!」
セラヴィは大きく手を振ると、校舎へ向かって駆けだして行った。その背中を見送るアンジェリカ。
(ひょっとしたら、セラヴィは優しい人なのかもしれないわ……私たち、仲良くなれるかもしれないわね)
そう思うと嬉しい気持ちが込み上げてくる。
「私も教室へ行かなくちゃ」
アンジェリカも急ぎ足で女子校舎へ向かうのだった――