部屋に戻ると先程不在だったヘレナとニアの姿があった。彼女たちはアンジェリカを見るなり駆け寄ってきた。
「アンジェリカ様! 一体どちらにいらしたのですか? とても心配していたのですよ?」
アンジェリカの前に跪くヘレナ。
「ごめんなさい、お父様の書斎に行ってきたの」
「え? 旦那様の書斎へですか? 何のためにでしょう?」
ニアが首を傾げる。
「私、セラヴィとのお見合いの時に眠ってしまったでしょう? それなのにどうしてお見合いが成功したのか分からなくて」
するとヘレナとニアが顔を見合わせ……ニコリと笑う。
「あらまぁ、もうお2人は親しく名前を呼びあう仲になったのですね?」
ヘレナが笑顔のまま、アンジェリカを見つめる。
「私、厨房からお食事を貰ってまいりますね」
ニアはいそいそと、部屋を出て行った。
「え? ニア?」
呼び止めようとすると、ヘレナがアンジェリカの両肩に手を置いた。
「アンジェリカ様、お見合いの話は夕食の時にお話いたしますね」
「分かったわ‥‥…」
アンジェリカはコクリと頷いた――
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「え!? 私だけじゃなくて、セラヴィも眠ってしまったの!?」
室内にアンジェリカの声が響き渡る。
「ええ、そうなのです。お見合いが始まって1時間ほど経過した頃に、私が様子を見に行ってみたのですよ。そうしたらアンジェリカ様とセラヴィ様が寄り添うように眠っていたのです。本当にお2人とも、可愛らしいお姿でした」
「そ、そうなのね……」
ヘレナの話に、頷くとアンジェリカは料理を口に運ぶ。
「だけど、分からなわ。私とセラヴィが2人で眠ってしまって、何故婚約が成立したのかしら」
「それはですね。セラヴィ様が御自分の肩にアンジェリカ様の頭を乗せてあげて、さらに寒くならないように着ていた上着までかけてあげていたのですよ?」
「ええ!? そうだったの!? 途中で眠くなってしまったのは覚えているけれども、まさかセラヴィがそんなことをしてくれているとは思ってもいなかったわ!」
あんなに自分に無関心な素振りを見せていたセラヴィだっただけに、アンジェリカには信じられない出来事だった。
「セラヴィ様のお父様であらせられるヴァレンシア伯爵もその姿に、大変驚いていらっしゃいました。まさか、息子がそんな気遣いをするなんてと話されていたのですよ」
「え……? 伯爵にも見られていたの!?」
「ええ。それだけではなく……旦那様も御覧になっておりました」
躊躇いがちに語るヘレナ。
「そんな……お父様にまで見られていたなんて……お父様、さぞかし怒っていたでしょうね」
「で、ですが大丈夫です。何しろセラヴィ様がアンジェリカ様を気に入られたのですから。アンジェリカ様はとても気遣いが出来る人だから、婚約したいって仰ったのですよ?」
「気遣い……だけど……」
そこで、アンジェリカは気付いた。
(まさか、私……セラヴィに気遣いが出来る相手なのか試されていたの? だからお見合いの席でわざと本を読んでいたのかしら……?)
思わず考え込むアンジェリカにヘレナは笑顔で声をかけた。
「アンジェリカ様、本日は旦那様の計らいでアンジェリカ様の大好きなお料理ばかりですので、冷めないうちに召し上がってください。食後のデザートのプディングも用意出来ておりますよ?」
「本当? だったらすぐに食べるわ」
アンジェリカは笑顔になると、食事を進めた。
初めて父に認められた幸せを胸に噛みしめながら——